第4章 地上最後の楽園で

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けどどうやら風向きと空気の匂いから推察するに、午後からは少し雨がぱらつくな。まあ、ここんとこずっと好天が続いてたから、さすがにちょっとは降らないとね。とかぶつぶつ呟きながらメモを取るわたしに、ここは風通しがよくて広々してるなぁ。と独りごちてから向き直って話の水を向ける高橋くん。 「…集落の範囲内で。こうやって広い空を見上げられる場所って、本当に掛け値なしにこの海岸だけだよね?てか、日光が必要な畑とか田圃まで。あんな風にほとんど樹々の合間にかろうじてぎりぎり陽が当たるかどうか、ってくらいの空間になってるとは思わなかった」 それはそう。うちの集落の場合、そこまで広大な農地は必要じゃないのと、作物を人手に頼って作るだけの時間と手間はかけられるので。 もともとの原生林の中に、木の隙間を縫って光のさす比較的陽当たりのいい小さな畑や田を段々状態で拓いて、みんなが食べる分だけの新鮮な作物を細々と作ってる。ちなみに収穫したものは全て、役場に集められて平等に配給される。完全な共産主義共同体だ。 「まあ。…戦中戦後は身寄りのない母子連れと、食い詰めた独身男女をとにかく手当たり次第に収容してしっちゃかめっちゃかな避難所状態だったらしいですから、しばらくは。もう山間の林の隙間でもなんでも、作物植えられそうなところを何とか畑にして凌いだんじゃないですかね。そのときの名残りなのかな。あえてそこを拓いて土地も平らにして、大規模な田畑にするほど大量の作物も必要ないって途中でわかっただろうしね。何となく農地はこのくらいでいいか、ってなあなあのままなのかも」 土地を平坦に広く四角くとっても、どうせ電動農機具が出てくるわけじゃないしね。いや、途中でそれが出てきたなら。じゃあこれが使えるように田畑を整備するか…ってなったんだろうけど。 せいぜいチェンソーくらいであとは鋤とか鍬。これで田畑をじゃんじゃか開拓しようって気にはならないよ。現に特別農地を増やさなくても、こうしてここの人口をきちんと食い繋げるだけの食糧は足りてるしね。 とのわたしの端的な説明に、それはわかるけど、と頷きつつ。高橋くんは思案に暮れたような顔つきでぐるりと曇って垂れ込めた空を見回して言葉を継いだ。 「それにしても徹底してる、と思わない?農地だけじゃないよ。建物も個人の家も、全てが木陰に隠れるようにして作られてる。役場が建ってるあの村唯一の広場だって。すっかり木立に覆われた形だし」 それにあの地下住居。と呟いてから、わたしの方に改めて目をやる。 「それから、図書館。…わかってる、戦前の石の切り出し場をもとにして、さらに深く掘り進めて拡張した。最初からあったものを整備したからあの形になったんだ、ってことは。…それでも、やっぱり。今でも意図してシェルターとして機能するように作ってあるよね。この集落全体が」 つと一本指を立てて、上空を指して呟いた。 「数日前、降りるために上からここを見下ろしたとき。それは見事なくらい、樹木以外何も見えなかったよ。思いきってここに降り立っても結局、人も何もいなくてただの空振りの土地なんじゃないかって。さすがに不安になるくらい、ここに人が集まって住んでる気配は何一つ感じられなかった」 「それは。…そうかもしれないです。本来集落の成り立ちが戦時中の防空避難所ですし。上からの空襲を何より警戒してたでしょうから。森林の中に隠れるような形で集落を作るのも、その名残りなんでしょうね」 「それはそう。…なんだ、けど」 ぐるり、と辺りを見回して一回転した。あの日ここに降り立ったときの記憶を呼び起こそうとするみたいに。 「でもそれは。『百年以上前』のこと、なんでしょ?俺がここに来るまでは外の人類は全て死に絶えて一人も残ってないって信じてた。少なくとも村長や役場の人たちは大真面目にそう言ってたよ。…だったらさ。崖の上とか飛行機から。ここを見下ろす人間ももう誰も存在してないって、本気で皆、思ってたはずなんだよね」 「…ですよね」 やけにこだわるなぁ。と怪訝に思いつつ、それはそうだな。と素直に頷いた。 深く考えずに聞き流していたわたしの耳に、次の高橋くんの台詞が飛び込んできて。それまで特に何とも思ってなかった事実がふと意識の端に引っかかった。 「だったらさあ。もう上空から見られることはないから、この木もう少し切っちゃお。とかはこれまで誰も、考えなかったのかな?と思って。地下住居とか普通の住宅とかはいいよ、涼しい木陰の方が住みやすい。ってこともあるかもしれないし。…けど、少なくとも農耕地はさぁ。周りの木をもう少し取り払って、ここだけでももっと陽当たりよくしよう。とならなかったのはちょっと謎。面積はともかく、溢れるほどの日光が浴びれるのとないのとでは。作物の出来が格段に違うでしょ?」 「ええと、…多分。燦々と太陽を浴びた畑を。実は物心ついてから、見たこと自体ないので」 わたしが要領を得ない表情でごもごもと返答すると、どうやら埒が明かない。と悟ったのか、彼はもうそれ以上追及してこなかった。
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