第4章 地上最後の楽園で

5/11
前へ
/22ページ
次へ
しかしそうか。確かに、そういう考え方もあるな。これまであまり特に疑問にも思わなかったけど。 大規模な田畑を開拓するだけの機材こそなくても。少なくとも木を切る道具はしっかりあるわけだから、田圃と畑に影を落とす周りの木だけでも切っておこう。となるのは自然な流れな気もする。 だけど、どうしてこれまでそういう発想に至らなかったんだろう。って、外から来た人に指摘してされるまで特に疑問に思ったこともなかったから。 畑や田圃、住宅はこういうもんだ。という深い意味もないただの硬直した思い込み、柔軟な考えの欠如。…ってだけの理由じゃない、とは。必ずしも言い切れないような気はする…。 天然のシェルターに住んでる、って安心感で大人か子どもかを問わずみんな結構平和ぼけしてて。この人ほど本気で細かいこといろいろ考えてない気がするからなぁ。単純に前例踏襲で百年ここまできちゃった、っていう馬鹿みたいな理由じゃないって自信がない。…かも。 とつらつら考え、つい所在なくわたしも彼に倣ってぐるりと周囲の海や砂浜を見回す。その眺めに触発されたのか、あの日彼が空から降りてきたときの記憶が生々しく脳裏に蘇り、それでふと気づいた。 「…上から見て。人がここに住んでる、って確証は。見た目では得られなかったって言ったよね、今」 「…うん?」 ちょっと用心してる、曖昧さを残した声。頷いてると言えば言えるし、単に訊き返しただけ。と言い張ろうと思えばそうも聞こえる。この人、やっぱり。能天気な後先考えない、勢いだけで突破してくるタイプの人物じゃないよな。 わたしは振り向き、彼の顔にぴたっと視線を据えてまっすぐに見つめた。 わたしは身長があまり高くないから。こうして近くでまじまじと見上げると、思ってたより高橋くんて背が高いんだな。とどうでもいいことを改めて認識する。体格が違うから気づかなかったけど、案外夏生と高さだけならさほど違わないかも。 「…人の棲みついてる気配がないのに。何を目指してここに降りよう、と思ったの?てか、ここを降りるポイントに選んだ根拠は何?ここに集落があること自体を。もしかしたらあらかじめ、知ってたとか?」 だって、見た目通りに本当にここに誰もいなかったら。 彼は戻ることも出来ず何一つ得られず、退っ引きならない羽目に陥ったはず。何しろ無人のただの森林と、白砂の浜だけ。わたしたちと違って海水に含まれる汚染物質を恐れてないとしても。海から脱出するための舟もここには存在しないってことになる。泳いで沖に出るしかないとしても…。それで無事にここから他の土地まで脱出可能かどうか。 何より、そこまでして飛び込んできても集落がなかったら特に得るものはない。どうして人がそこに隠れ住んでる、って証拠もないのに。失敗したってわかっても戻れないやり方で、上から入って来ようって決断にまで至ったのか? もしかしたら森林の下に隠れるようにここに集落が存在してる、って言い伝えが。周囲の地域に何らかの形で残されているんだろうか。 …返事がかえってくるまでに言うほど時間は経ってなかったのかも。高橋くんはわたしから視線を逸らさないまま、いつもの温厚な顔をふっと綻ばせた。 「…いや、単純な話で。海岸に君が見えたんだよ」 「あ」 指摘されて、わたしはそういえば。とぽかんとなって彼を見返した。 確かに、あの日海岸に出て。最初に上空を見上げた時にはまだ、パラグライダーの影はどこにも見当たらなかった。 ということは。彼が崖から飛び降りたその瞬間よりも、わたしが呑気にのこのこと浜辺にこの姿を見て晒したときの方が。時系列としては先、ってことになる…。 彼は面白そうに肩をすくめ、一気にぺらぺらとちょっと調子に乗った口振りで喋り出す。 「上から見て、地形的にずいぶん住みやすそうな土地だなぁと。そう思ってじっくり観察してたんだよ。そしたら浜辺にちらっと、人の影が見えて。…あれ、もしかしてここってやっぱり人が住んでるんじゃない?って思ってさ。樹々が生い茂って隠れてるけど。きっとこの下に家や建物があったりするんだろうな、どんな風に暮らしてるんだろうとどうしても気になって。…それで数日間、続けて様子を見てたんだ。一人の女の子がどうやらそういう習慣なのか、毎日決まった時間に浜に降りてくるのを見て確信した。どうやらここにはちゃんとした集落があって、まともな文化のもとで生活が営まれてるらしいぞ。ってね」 「あー…。それは、そうか…」 わたしはちょっと参ってしまい、曖昧に濁してごまかした。確かに、そうだった。 今の言い方だと数日間、継続的に観察を続けたけど。姿を見せたのは結局このわたし一人だったってことになる。 それは確かにそうで。普段よほどのことがない限り、林の切れた空間にまで出てきて太陽の光の下に身を晒す習慣があるのはこの集落ではわたしだけだ。だから同じ女の子一人だけが毎日のこのこと日の下に出てきた、って彼の証言は多分本当のことなんだろう。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加