第4章 地上最後の楽園で

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全く、こういうことがあるから。海辺だなんて外から丸見えの無防備な場所、迂闊にうろうろするなってずっと前から注意されてたでしょ。ほら言わんこっちゃない、とこのことを知ったら絶対説教を始めそうな母の声がバーチャルできんきんと耳の中に響いてきた気がして、わたしは思わず首を縮めた。 確かに、わたし以外の集落の人たちは皆太陽の光を直接浴びるのを嫌うから。もしもわたしが親が止めるのも聞かず能天気に、海辺をうろちょろとしてなかったら。結果的に高橋くんていうよそ者を招き入れることもなく、集落には何の変化も起きないままで済んでたんだな。 それが不幸の始まりなのか幸運を呼び寄せたのか。今の段階ではわからない。けどこのわたし自身が、百年間閉じられてた檻を外からこじ開けられるきっかけそのものになってしまったことは確かだ。 「…さ、今朝の空の観察終わり。そしたらいよいよ、今日の見学の目玉だね。担当の人に予約、入れてくれてるんでしょ?」 「あ、うん」 楽しみなのが隠せない。といった顔つきで浮き浮きしてる彼に促され、わたしは慌てて集落の方へ戻る道を進む背中についていく。 弾むように歩いていくその後ろを半歩遅れて急ぎながら、さっきの言葉に感じていた微妙な違和感の理由にふと思い至り密かに頭を傾げた。 …最初はこの土地を上から見て人が住んでる気配が全く感じられなかった。まるで何も見てとれなかった、ってはっきり断言してたはず。 なのにわたしがどうしてここに降りてきたの?必ず何かあるって当てもないのに、と正面から尋ねたら、実は君の姿を見たんだ。と急にそのことを打ち明けてきた。 多分、それは本当のことなんだろう。わたしが決まった時間に必ず海辺に現れる習慣なのは事実だし。 確かにこの数日一緒にいたけど、一日も欠かさずほぼ決まった時間なのはやっぱり実際に見てないと断言できなかったはず。高橋くんが来てから今日までの間は、いろいろとイレギュラーで海に観察に出る時間もいつもと違って狂いがちだったから。 でも。そのことを最初はまるでなかったことみたいに、言及しなかったのは何でなんだろう? 別に大したことじゃないのかもしれない。矛盾してるように聞こえはするけど、単に伝える順番の問題だけにも思えるし。初めは人の気配を感じられなかった、だけど観察するうちにわたしの存在に気づいた。…別に何も間違ってはいない。 でも、なんか引っかかる。矛盾を突かれて慌てて手の内を見せた。…みたいに感じるんだよなぁ。嘘をついた、とまではいかないんだけど。 「楽しみだなぁ、秘密の倉庫。ちゃんと案内の人がついて説明してくれるんだよね?」 「はい。技術部の担当者と。あと山本さんも一応、同行してくれる予定です」 裏心ない開けっぴろげないつもの態度。けど、何もかもが見た目通りじゃないはず。 わたしは胸の内でそっと自分を戒めた。この人、多分額面通りの人じゃない。何かまだ表に出してない、奥に隠してる部分がある。 それが集落にとって危険なこととは限らない。もしかしたらすごく大したことない、なあんだ。と拍子抜けするようなつまらないことかも。笑って済まされるレベルの、わざわざ口にするほどじゃない話だったら。それはそれでいいと思う。 けど、この人懐こい世慣れた物分かりの良さをそのまま受け取っておちおち油断したりはしない方がいいな。念のため、ここから何が出てきてもおかしくない。って心構えだけは今からしておくべきだ。…とわたしは密かに警戒し、彼には気づかれないように改めて腹の奥でぎゅっと気を引き締めた。 今日の見学はいよいよ集落の最大の秘密。特別な巨大倉庫だ。 それは図書館と同じように切り立つ崖の中に穿たれた洞穴を利用した施設だけど、設置されてる場所はあの広場の並びじゃない。集落のずっと端、人の住む建物からは遠く離れたちょっと物寂しいところにある。 「…ここってさ。集落全体で使う共同の大型資材だけじゃなくて。一般家庭とか個人が使う普通の日用品とか消耗材とかもあるんでしょう。どうしてこんなに、住宅のあるエリアから離れたところに作ったの?配給するにしても。何かと不便じゃない?」 倉庫の入り口で担当者の人と待ち合わせの約束をしてある。てくてくと歩いて、崖に造り込まれた図書館と同じタイプの大きな扉が視界に入る地点までようやく辿り着く。 遠目にそこに、見慣れた山本さんと一緒に技術部の人が既に来てわたしたちを待ってるのが見えたので少し足を早める。わたしよりコンパスの長い高橋くんがしばしの間先んじてから、あまりにわたしが追いつけないでいるのに途中で気がついて足取りを緩めてくれた。振り向きついでに、ふと思いついたように頭に浮かんだ疑問を深く考えてのことではない。とばかりにそのまますぐに口にする。 わたしは多分、外の世界でこれまで鍛えられてきたこの人に較べたらだいぶ体力へなちょこなんだと思う。やや息を切らしつつ、頑張ってついて行きながら何とか言葉を並べて答えた。
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