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「それは…。順番が、逆というか。この倉庫に関して言うと。現代のわたしたちは、場所を選べないの。…最初からずっとここに、…あったから。ここに作ったのは、…始めに集落を。作った、百年以上まえの。人たち。…だから」
「大丈夫?めっちゃ息切れてるじゃん」
そういう当人は顔色も変わらず平然と涼しい顔。さすが、五十メートル級の崖からあんな風船一つであっさり飛び降りてくる人の体力は違うね。
それはそれとして、わたしはさすがにもう少し鍛えないと。ふらふらと集落中を歩き回って気象観測しては、データを打ち込みに役場に通うだけ、あとはぼつぼつ母の服作りの手伝いをしてるくらいだもんなぁ。とやや情けない思いで反省した。
「百年前の人がここを倉庫と決めたからってさぁ。今の村の人が絶対にそのまま踏襲しなきゃいけないってほどのこともないでしょ。何なら図書館と場所入れ替えるとかさ。みんなここで物資受け取って、てくてく歩いて家まで運ぶの。絶対大変でしょ。ここって車とかないし」
「どこでもないでしょ。そりゃ台車使うしかないじゃん。…え、それとも。まさか今でも外では走ってるの、車?」
魂の抜けたような腑抜けた声で突っ込んで一拍考え、ぶんと彼の方に顔を向けてしまった。いや、そりゃ世界の何処かに。新品のまま完璧に保管された百年前の車が保全されてないとは限らないけどさ。
外で普通に燃料、つまりガソリンとか今、手に入る?それが一番難点だよね。
うちの集落でもそこはなかなか扱いが難しい問題なのに。ガソリンがない車はただの鋼鉄の箱だし。だけど一方でもし、燃料問題が解決できるなら。外でも皆が暮らせる可能性は一気に高まるって気がするけど…。
「それはさすがに…。あ、すいませんお忙しいところ。お手数おかけします。高橋創矢って言います。…山本さんも。お疲れ様です」
苦笑して相槌を打ちかけたところで、ちょうど扉の前の二人に声の届く距離まで到達してしまった。そのままなだらかに愛想よく挨拶になだれ込む高橋くん。さすが、コミュ強の鑑。
いえいえ、お気になさらず。大丈夫ですよぉとにこにこしてる山本さんの隣で静かに頭を下げる寡黙な人。顔と名前は当然知ってるけど、わたしはこれまでほとんど話した記憶がない。二十代後半だから、学校とかで被ったこともないし。
その人、技術部の上園さんという男性は普段から物静かであまり人の輪とかに入って来ないタイプってイメージ。技術部にスカウトされたからには、間違いなく頭脳は相当優秀なはずだけど。
「…学校でスクリーニングされるから。頭がいい人は上から順番に軒並み技術部に優先で配属されるんだよ。ちなみに女子はサルーンでの採用が優先。頭がよくてもそっちで選抜されたら基本向こうに回るね。まあ、特別な仕事だから。向き不向きも考慮されるけど、それは」
「純架ちゃんは。技術部に選ばれなかったの?」
皮肉とかじゃなく本気でそう考えてるのが生真面目な問いかけから伝わってきて思わず恐縮する。それはいくら何でも買い被り過ぎでしょ、わたしを。
「うーん。成績の順番だけならぎりぎりあれだけど。あんまり理数系の才能なくて…。あと、割と小さいときから侑お爺ちゃん…、斎藤さんってお天気の師匠のところに入り浸りで有名な子だったんで、わたし。その跡を継ぐんだろうなって周りからはずっと思われてたみたいで。あんまり進路悩んだ記憶なくて」
「はは。なんか、可愛いな。想像すると」
まあね。多分傍から見たらお祖父ちゃんと孫みたいで微笑ましかっただろうな、と思う。別に師匠とは血縁関係でも何でもないんだけど。
「ま、どっちにしろ向きじゃないよ。集落で何か技術的な問題が起きると何でも全部解決しなきゃならない。メーカーもコールセンターも何もないもんね、現代じゃ」
「そうか、…大変な仕事だよな。ここの中だけで何もかも間に合わせなきゃならないんだから…」
親の職場見学に来た兄妹みたいに、言われるがままに大人の後ろをついて施設に入りこそこそ声を落として会話する。まあ実際、概ねそんなようなもんかもしれないが。
「…実際の倉庫に立ち入る前にお訊きしますが。高橋さんは、ここの補給システムについてはどこまでご存知ですか?」
岩盤を掘り抜いた堅牢な廊下を進み、わたしも見慣れた第一倉庫の扉の前で立ち止まった上園さんが言葉とは裏腹に、まず山本さん。それから次いでわたしの上に視線を順繰りに留める。質問の相手は高橋さんなのに、上園氏が実際そちらに目を向けたのは彼がその問いかけに対する返答をはっきりと声に出してからだった。
「いえ、普通に。…百年以上前の大戦のさなかに、ここを造った人たちが前の文明の全てを残そうとしてありとあらゆるものを貯蔵した、と。それを少しずつ、取り崩す形で皆で分配して使ってるんだと聞いてます。けど、話だけだと。やっぱり今ひとつ理解できないところがあるんですよね」
山本さんもわたしも、彼の好奇心丸出しの質問に実際見ればわかるよ。としか言わないからな。それは申し訳なかったとは思う。
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