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絶対どんな手を使ってでもここから出て行くだろうし、何ならその計画だって最初からその頭の中にあるに決まってる。絶対に、二度と出て行けない場所ならそもそも最初から入ってくるわけない。そんなぬかった人ではない、ってのは。こうしてそばにいても何となくわかる。
「ねえねえ。…ちょっと待って。これって、どうなってんの。もしかして一面ぜんぶ。住宅なの、これ?」
彼が目を輝かせて見つめているのは、一見ごく普通の、林の中にごつごつと広がる広大な岩場だ。
表面には歳月を感じさせるふわふわの苔が一面に生えてるし、岩の隙間から成長した樹々がしっかりと上空目指して枝を広げ、その上に濃い影を落としている。でも、注意を凝らしてよく見れば。岩岩の隙間にちらほらと透明な窓のようなものが覗いてるのに、ちゃんと気がつくはずだ。
「…あれが。採光窓?」
身を乗り出して目を細め、真剣に観察しようとする高橋くんの服の裾を引っ張って。わたしは重々しく頷いた。
「こっから見てもよくわからないでしょ。下に潜ってみましょ。その方がどうなってるか、一見してわかりますよ」
そう言って彼を岩場の端まで引っ張っていき、木の陰に隠れるようにそこにあった地下へ降りるスロープへと誘導する。
…そう、そこは。岩場の下の岩盤を掘り抜かれて作られた、旧くから存在する巨大な地下住居の町だった。
「…おお。思ったよりも明るい」
高橋くんが浮き浮きと弾んだ声でそう呟いて、頭上の天井を見上げる。
「天然の採光を多く取り入れてる地下街って感じなんだね。普通の街の地下街は電灯頼りだけど。換気もすごく考えられて作られてる。外の空気の流れが取り入れられてて、涼しくて気持ちいいな」
「夜はさすがに電気ないと駄目だけど。地下だから、夏は涼しくて冬はあったかくて結構住みやすいみたいですよ。まあこの土地の気候と風土が条件にたまたま合致して成立してるんでしょうけどね、このタイプの住居に」
通路の両側に並ぶ各戸の扉に視線を走らせ、高橋くんは興味深そうにわたしに尋ねる。
「純架さんちは。こういう地下の家じゃないの?」
そういえばまだこの人、うちに来たことってないんだっけ。と改めて思い起こして笑って答えた。
「ここはすごく人気あって。なかなか入居できないんです、競争率高くて。古くから所帯持ってるご年配のご家庭が多いかな、室温が安定してて身体にいいから。うちみたいなまだ若輩者はもっと向こうの林の中に建てた木造の家に大体住んでますよ。地下住居とか、戦前の石造りのアパートとかは。たまたま空きが出来たタイミング待ちですね」
御老体が亡くなるタイミング、と受け取られかねない(そういうときがゼロってわけじゃないが)と気がついて、慌てて説明を補足する。
「あの、ここでは。お年寄りは単身世帯になると基本的に専用のアパートに入居してまとまってお世話を受けて暮らすんです。だから、そのときに家が空くの。そうすると、そろそろ一緒に住もうかなと考えてたカップルとかがあっという間に入籍してするっとそこに入っちゃう。いいタイミングだからって、流れに後押しされる感じで」
「みんな、結婚とか出産には積極的というか。前向きなんだね、集落の気風として」
話の流れとして当然の感想でしかないんだろうが。彼はそこでそんな相槌を打った。
自然と昨日の件に話題が及ぶのを避けようと、わたしは通路をすたすたと進みながらさらに地下住居街について説明を続ける。
「ここも、相当古くて記録は残ってないんですけど。多分地上の石造アパートや役場の建屋と同じに、採石場として使われてた頃の名残りって言われてます。こうやってくり抜いた跡を住めるように時間をかけて整備してきたんだろうなって。今でもこつこつと拡張されてます。あんまり掘っちゃうと、崩落が怖いから。大胆には掘れないけどね」
「そうだよな。周りに木の根も張ってるから、地盤とか天井の経年劣化も考慮しなきゃだし。慎重にいかないとね」
住居の中も見せてあげたかったが、何軒か知り合いの家のドアをノックしてみたけど残念ながら留守のようだった。
「ごめんね。わたしと同世代の子の家だと、親も本人も外で働いてる可能性が高い時間帯だから。下の子は学校だろうし。今度お休みの日にでも、約束取り付けて見学の予定入れさせてもらうよ」
「うん。ご迷惑じゃなければ。楽しみだな」
彼は快く頷いて笑って済ませてくれた。
「そういえば。村民同士の連絡の取り合いってどうしてるの。今ここって確か、村長から聞いたところによると百十世帯ちょっと。人口は概ね二百五十人前後で推移してるって…。集落全体は結構そこそこの広さあるけど。やっぱり連絡取りたいときは端っこから端っこまでだとしても。お互いの家に走るしかない?」
「基本はね。内線が引いてある施設もあるけど、病院とか役場とか。各家庭までぜんぶ一軒ごとにはさすがに…。家が集合してるところは十軒に一軒くらいの割合で内線引いて共同で使ってるよ。あとはアパートの棟ごとに一回線とか。でも面倒だから、結局相手の家まで走っちゃう。すごく離れて一軒ぽつんと住んでる人って。ここにはそもそもいないわけだし…」
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