第3章 三角関係に似た何か

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「そうか、集落全体は広いけど。人は結構固まって住んでるんだ。その方が結局安心だもんね」 彼はわたしの後からスロープを上がって地上に出て、木漏れ日に眩しげに目を瞬かせながら呟いた。 「それでも、ちゃんと内線があること自体すごいよね。新設したり維持管理する技能が存在してるってことでしょ?資材はどうしてるの。部品作る工場とか当然ないよね、そこまでは?」 どうやってここまでのインフラを維持してるのかなぁ。と別に当てこすりでもなさそうに、心の底から不思議そうに首を捻ってる。わたしは少し慎重になって、探るように問いかけて彼の反応を伺ってみた。 「それなんだけど…。まだ説明聞いてないの、役場の人とかから?資材や資源とか本なんかをどんな風に調達してるのかって」 「ああ?うん、訊いてみたことはあるけど。それは案内してもらって実際にその目で見て確かめてくださいって言われたよ。自慢のシステムなのかな。ちょっと誇らしそうな顔してた、村長とか」 「はぁ。…じゃあ、わたしが自分で案内しても。いいってことなのか…」 ちょっと恰幅のいいお腹を自慢げにせり出す村長を脳裏に思い浮かべて、つい何とも言えない声を出してしまった。 それにしても、呑気なことだなぁ。と至極生意気なことを胸の内でだけとはいえ、こっそり呟く。 だって、ここに有り余るほどの資材や食糧がどんな風に保管されてるかを知られて。それが何らかの形で人伝てにでも外にいる人間の耳にでも入ったら。 わたしなら、多人数を募ってここを急襲して、何としてでもそれを手に入れようとするね。『あれ』があればどんな集団でも、自分たちが自然と人生を終えるくらいの期間より多分ずっと先の先まで。将来に何の憂いもなく安心して存分に食い繋げる。 それが外で暮らしてる人たちにとってどれだけ、喉から手が出るほど欲しい代物なのか。ちょっと想像してみれば、当然わかりそうなものなのに…。 まあ、好意的に解釈すれば。とやや気を取り直して改めて考える。おそらく上層部の感触としては高橋くんが調査を終えたらここを何としてでも出て行く。って想定はそもそもしてなくて、本気でここを気に入って永住するだろうって前提で動いてるのかも。ていうかそうなんだろうな、間違いなく。 自分たちは心底ここが楽園だと思ってるから、出て行きたい。じっとひとつところに留まっているなんて到底考えられない、って人の気持ちは想像もつかないんだろう。そういうとこ、大人のくせに甘いなぁと思う。 この世の人間が全て自分たちの同類じゃない、必ずしも同じ考え方や感じ方をするわけではないんだって考えには及ばないのか。まあ確かに、これまで百年あまりこの狭い空間で。お互い同質の感覚を持ったわたしたちの集団だけしかもう地球上に人は存在しない、と思い込んで生きてきたわけだから…。もはや異質な人間のイメージすら持てなくなってたとしても。無理もないのかな。 と、そこまで考えが至ってふと我に返る。その伝でいけばもちろんわたしだって当然そっち側の仲間なはずじゃん。 なのにどうして、この彼は集落の人間からは想定外の、全然違う感覚を持った人なんだって。すんなり当たり前みたいに、実感として素直に呑み込めるんだ。 …頭脳で理解してるだけじゃない。外があるなら外に行きたい、出て行く手段があるなら当然のように出て行く。どんなに安全な満ち足りた土地ででも、死ぬまでじっと同じ位置で固まってるのは嫌だ。 広い世界があるならそれを見に行くのが当たり前。そういう感覚の人の気持ちは何となくだけどわかる、って思っちゃう。 これまでここの外に人間が生きられる環境があるとも考えたことなかった。だから自分や誰かが出て行く、なんて。可能性のかけらとしても想像してみたことなんか。…まるっきりのゼロ、だったのに…。 「…昨日の彼、怒らせちゃって申し訳なかったね。山本さん経由で平謝りに謝ってもらっておいたけど…。あのあとどうだった。ちゃんと仲直りできたの?」 めちゃくちゃ真剣に、たった今頭に浮かんできたばかりの思考に没頭してたタイミングで。地下の町から出てきて下草を踏みしめながら次の見学場所へ向けて、わたしと並んで歩いてる高橋くんの口からいきなり前触れもなくそんな台詞が飛び出してきて。…しばしの間話題の急変についていけず、頭がぽかんと真っ白になってしまった。 その話は終わった、と思ってたのに。…とため息をつきかけて気がつく。 よく考えたら。夏生には山本さんが責任持って説得を済ませ、話をつけておいてくれるって話だったけど。 この人のことは別に何とも言ってなかった。まあ、そりゃそうだ。顔を合わせたときにわたしが自分で説明するだろうなと思うよね。トラブルとかいざこざがわたしと高橋くんとの間に起きたわけでもなかったんだし。揉めてないんだから仲裁もなんもない。 それに、思えばわたしの方からも一回膝を突き合わせてはっきりと尋ねてみたいことはあった。いやそれはまあ言葉の綾で。ここでいきなり正座して膝同士をぶつける必要性は全然ないけど。
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