第3章 三角関係に似た何か

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まあ。帰れなくなること覚悟の上でここに飛び込んでくるもの好きな人もこれまでいなかったしね、と脳内で合いの手を入れてから言葉を継ぐ。 「だから好む好まざるを問わず、誰もが人類存亡の危機を前にして。生殖しない、子どもを作らないっていうのはよほどのことがないと許されない。もちろん結婚相手は自分の意思で決められるし健康上の問題とかを抱えてれば無理強いはさせられない。でも特段の理由なくずっと独身でいるとか、誰の子も産まない。っていうのは何となく『ない』って空気なんだ。まあ、仕方ないってか。そうならざるを得ないわけだけど」 「…うん」 それはひどいね。とも簡単に言えない、って雰囲気を醸し出して彼は言葉少なに小さく頷いた。 わたしは背後にさっきの住宅地、行く先に皆の食糧を生産するための田畑があることを意識しながら言葉をゆっくりと選んで話し続ける。 「だから結婚は早ければ早いほど好ましいし、どこの家も不妊じゃなければ普通に子どもを作る。それでも、百年かけて少しずつじわじわとここの人口は減っていってるの」 「ああ。…そういえば、戦争でここに最初に避難民を集めたときは。おおよそ三百人以上もの人がいたって、確か聞いたな。昨日村長さんから」 わたしもそれは聞いたことある。子連れと単身女性の避難民を戦時中に、戦後には食い詰めて職のない身寄りのない若い男女たちを。両方合わせて全体で大体三百五十人近くも受け入れたんだって。 「…大戦前の日本と違ってここの医療体制ではお産で亡くなる妊産婦も決して稀じゃない。だから、母体が若くて健康なうちにみんななるべく急いで子を作って家庭を持つのが普通。でも、際限なく子どもを産み続けるってことはしなくて。せいぜい二人も子を持てばこれでノルマ達成とばかりにみんな産むのを打ち止めにするの」 うちもそうだ。父母とわたし、妹の四人家族。典型的って言えばそうだけど、例えば夏生んちなんかはお母さんの身体が弱くてあいつ一人が限界だった。そういう家もいくつもある。 「それは死亡率がそこそこ高い産褥をそう何度も経験させて家庭の母親を失いたくない、ってみんな考えてるから。二人産んだら母体が無事なうちにもう出産は終わらせよう、って何となく暗黙の共通認識になってるみたい。あとは食うに困らないと頭ではわかってても、あまりに無防備に子を増やすといつか食糧が足りなくなるんじゃないか…って不安で無意識にブレーキがかかってるのかも。安全な場所ではあっても、所詮は閉鎖空間なのには違いないから」 「…なるほど」 高橋くんはじっくりとその台詞を吟味して、静かに納得した顔つきで頷いた。 「どのみち男女二人が結婚して子が二人、でかろうじて人口は現状維持だから。…一人っ子で打ち止めにしたり、産褥で亡くなったり。健康上の理由でドクターストップがかかったりすれば。みんなが皆、現状を維持できるほどの数の子を産むってわけにはいかない」 「そうすると傾向としては緩やかに漸減。…うん、わかるよ。よほど多産社会じゃないと。どうしてもそうなるよね」 彼は理解を示した。かなり本なんかも読んで知識を得てるようだから。大戦前、世界でも文明が進んで人権意識が根付いた社会ではどこも出生率が激減したって歴史的事実もしっかり踏まえてるんだろう。 「そんなこんなで、じんわりと人類が衰退に向かってる。って焦燥が集落全体に漠然とあるんだろうね。何となくまだ小さいうちからわたしたちは、早く相手見つけて、しっかり最低二人は子ども産んで…って有言無言のプレッシャーを感じて育つんだよね、学校から親から。社会全体からもうっすらと。でも、同年代は生まれたときからもう面子決まってるわけじゃん。外からの出入りもないって最初からわかってるし」 そう言ってから、目の前に想定外の例外がいる。と改めて実感して変な気分になる。けどまあ、真面目に考えたらこの人をわたしたちの内側の数に入れるわけにはいかないのは変わらない。カウントする必要のない人材だから、とその思いつきを乱暴に横にぶん投げた。 「そうすると。…まだ小さなうちから、何となく漠然と誰と誰が将来カップルになる。みたいな空気が生まれがち?」 わたしが余計な考えに気を取られてるうちに、高橋くんは今言いかけてた話の先をさっと読んでくれた。 「当たり。厳密に男女比は同数じゃないけど、もちろん同学年の中から相手を選ばなきゃいけないって決まりはないし。まあ同じ年頃の誰かの中で、くらいの感じでさ…。みんな大人になったときに自分だけあぶれたくないから、もう保育園とか小学校低学年とか。ほんのちっちゃい頃からこれ俺のな、とかこれはわたしの。みたいにお互い主張し始めるの。そのなれの果てが。…あれ、ってこと」 これまで成長してくる中での数々のエピソードの記憶が脳裏を掠め、思わずちょっと苦々しい顔つきになってしまった。 「なんか、こういうのって。映画とかで見る外国のティーンのダンスパーティーみたいだなって思うよ。好き、とかじゃなくて異性のパートナーがいないと参加できないって理由で。ただあぶれないために、必死で誰でもいいから一緒に行ってくれる人を探すの」
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