第3章 三角関係に似た何か

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ひよこが集まってるみたいな保育園時代のわたしたちについて、朧げな記憶がふと蘇る。 なっちゃんはあたしと組むの、と言い張る他の女の子に向かっておれはスミカとがいい。と頑と拒んで泣かせたりしてたなぁ。あのときだけで済んでれば。それはそれで、懐かしい微笑ましい思い出と言えなくもなかったんだけど…。 「…とにかく一人にはなりたくないから、恋愛感情より何よりパーティーに参加できる人を見つけるのが先決。あの子ならまあいいか、とかあいつがどうやらフリーだ。とかそういう基準でどんどん追い立てられるように組み合わせが決まっていくでしょ。あれと同じ…。同じ学校に通う同年代ってだけの狭い範疇で。本当に自分にとって特別な人なんて、そもそもそこに含まれてなくてもおかしくないのにね」 「プロムか。…うん、なるほどね。そんな感じなのかも」 ちゃんと話が通じて納得してる。本当にこの人、一体何についてなら。知らないって白旗掲げるんだろ。もう図書館で生まれて育ったんじゃないの、もしかしたら。 「そしたら純架ちゃんは。そういう雰囲気に抗いたい気持ちもなくはなくて、あの彼と素直にそのままゴールインする気になれないでいる。…ってこと?」 たくさんの人が行き来するたびに踏み固められて平らになった道をゆく。多少ごつごつと、大きな石や草で凹凸が表面にできていて足を取られかける。おっと、と呟いて草の株を避けた彼がさり気なくそうやって水を向けてきた。わたしは首を傾け、自分の感情に近い言葉を探そうと上目遣いで考える。 「うーん。素直になれない、というよりは…。本当に、どうしてわたしなんだ?って理解できない。という方が近い。保育園とか、ほんとに物心つくかつかないかの頃はまあわかるよ?家が近くて親同士が仲いいとか。そんな理由でちっちゃい子の仲良しとか友達って決まるじゃない。だから深い理由もなく、おれスミカと!って言ってただけなんだと思う」 それ自体はまあ微笑ましい。それは認める、けど。ねぇ…。 「でもそれは当然、成長と共に他に関心が移ってくものだと思ってた。もっと可愛い子もいるし、料理が上手で手先が器用で。家庭的な働きもので性格の優しい女の子だって、同世代にちゃんといるのに」 「…そういう子は。既にもう早々と相手が決まったりとか。…しているのでは…」 ちょっと恐るおそる、遠慮がちに横から口を挟む高橋くん。つまり、夏生がうっかりわたしに執着してるうちにまともな子はみんな売れて結局わたししか残らなかった。って言いたいわけ?なんか失礼じゃないの、それ? 「うーん…。小学校くらいが相手を決めるのに割としっちゃかめっちゃかというか。みんな昨日の相手と今日の相手が違う、みたいな感じで朝令暮改でシャッフルがすごい時期だったんですけど。その間も何故か、あいつはずっとわたしにびったりで変わらなくて」 「愛されてるんだ」 そういう余計な相槌は要らないから。 「結構他の子から、夏生のこと別に好きじゃないなら離れてよ。とか言われたりしたんですけどね。うんいいよ、って何人かに答えた覚えあるのに。気がつくと結局いつもあいつがそばに残ってて…。何なの?と思ってるうちに。中学に上がってもう完全にカップリングが固まっちゃってた感じです」 そして今に至る。 「それからはみんな、当たり前みたいにわたしとあいつをひと組として扱うし。何も申し込まれてないし受け入れてもいないのに、と思って納得いかないのはわたしだけ?とずっともやもやしてて…。はっきりと俺たち結婚するんだよな?ってどっかの時点で訊かれたらそんなつもりはないって答えようと思ってるうちに、みんなに外堀固められちゃった感じ。あいつ割と人気あったから、あんなでも。中高くらいで本格的に誰か可愛い子が言い寄ればそっち行くだろと舐めててちゃんと対処しなかったわたしが。…悪かったんですけど、そりゃ」 よちよちの赤ちゃんの頃からの昔馴染みだから、なんてそれだけの理由で結婚相手を決めようなんて男が。本当に実在するとは、誰だって本気で思わないじゃない? 高橋くんは腹立たしいほどのんびりした声で、ごく無責任にお気楽な提案をわたしに放った。 「思うんだけど。…そこまで事態が進んじゃってるならさ。面倒だからもう諦めて、やっぱりあの子と結婚するか。って気にはならないの?」 そう来たか。 まあ、この人からしたらそんな程度のことだろうな。どのみち集落の限られた面子の中から結婚相手を見つけなきゃいけないってことに変わりはないんだから。こいつにしとけ、って周りや相手が言うんなら。それで何が悪い?とはなると思う。 それでもふと眉根を寄せ、ちょっと心配そうに尋ねてくれたのは。それでも閉じた環境で身動き取れない運命を気の毒だ、と同情してくれる気持ちも少しはあったのかもしれない。 「…まあ、そうは言っても当然選択の自由はあって然るべきだと思うし。純架ちゃんにとっては集落の他の男の子たちの誰より。もしかして彼とだけはどうしても嫌、ってはっきりした理由でもあるの?」 「ないです。…もう生理的に絶対に受け付けない。あいつの顔見るのも嫌だとかは。ないんですけど、もちろん」
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