第3章 三角関係に似た何か

8/11
前へ
/22ページ
次へ
ちょっと考えてはみたけど。夏生よりあっちの方がいいのに、とか具体的な対象として上がるような特別な男の子はわたしにはいない。 「他の子より嫌だとかましだとか、そういうのも全然…。もしかしたら一番嫌なのは。こっちの意思も確認せずに、勝手にわたしと夏生がいつか結婚するもんだと決めつけて接してくる周囲の大人や家族や友達の、あの空気感かもしれないなぁ。…あ、でもそれなら。一番その空気を醸し出してる筆頭は当然夏生本人ですね。だったらやっぱ。どっちかと言えば嫌いなうちに入るか…」 「押し付けがましいし。頭ごなしに決めつけてくるから嫌い、ってこと?…うーん。まあ、それは。わからなくもないけど…」 苦笑いで曖昧に語尾を濁して済ませた彼の横顔は、わたしたちと同年代というより。だいぶ大人の面影を宿して見えた。 この感じだと女性ともそれなりの経験がありそう。と踏んだわたしはここで共感を得ようとばかりにさらに畳みかけてみる。 「ね?想像してみてくださいよ。もしこれが高橋くん自身のことだったら、って脳内で置き換えてみたらさ…。子どものときからの知り合いが、勝手に婚約者面してあんたは全くしょうがないわねぇ、世間知らずだしぼんやりしてて。一人じゃ何にもできない奴だから仕方なくわたしが何から何まで面倒みてあげてるのよ。とか言いつつ、周りから全ての異性をシャットアウトしようとしてくるんですよ。それが物心ついたときからずっと、なんだから!どうやって好きになれっていうんだ、あいつを!」 むきぃ、と身悶えるわたしをまあまあ。と宥めながら、彼は少し困った様子で笑ってみせた。 「まあ。…言ってることはわからなくもないよ。残念だね、そこまで関係がもつれても。充分な距離をあけてお互い冷静になったり、もっとそれぞれが別の集団に身を置いて、たくさんの人と出会って人間関係をシャッフルしてみて改めて考え直したりとかができない環境なんだから。それにしても、君の彼氏は。本当に愛情表現が上手くないというか。そういうの苦手なんだなぁ」 「彼氏じゃないってば。…よそから来た高橋くんまで。そんなこと…」 「ああ、ごめん。おちょくってるわけじゃないんだよ」 わたしが頭の天辺の毛を逆立てた猫みたいに噛みつきかけるのを制してから、彼はふと表情を和らげた。やっぱり、そういうときは。やけに普段より大人びて見える。 「ただ,話を聞いてると。その彼はよほど純架ちゃんのことが好きなんだろうなぁ、と思うから…。なのに相手から好かれるようなムーブがまるでできてないのがさ。若いからしょうがないのかなぁと思いつつも、さすがにもうちょっと何とかなるだろ。単にそういう性格なのか?って感じちゃうのが何とも…。何にせよ、報われないよね。そりゃ好きにはならないよ、って君の気持ちも芯から理解できるだけに…」 「ね。わかるでしょ、見ないふりして逃げたくなる気持ちも?」 よほどわたしのことが好きなんだ、みたいな前半の台詞については知らない振りをする。 ああいうの、本当に好きっていうのかな。執着してるっていうのが正しいと思うんだけど。 だって、心の底からわたしっていうこの人間が好きなら。お前はここが駄目、ああしろこうしろとか。ここを直せとかそんなものにばっかり興味持つんじゃない。いい加減分別もって集落の他の人たちみたいに大人になれよとか。そんな否定するようなことばっかり言うか?って疑念が消えない。 わたしを変えて、他の人と同じようになって欲しいと思ってるんだったら。じゃあもっとここの考え方ややり方に馴染んでる、まともな子を探せばいいじゃん? わたしが変なやつで今のままじゃ好きじゃない、っていうのがあいつの本音なら。何もこんな女に拘らず、さっさと自分が好きなタイプに乗り換えればいい話だと思う。 そのままのわたしじゃなく、作り変えて元の姿の片鱗もないわたしがいい。そう思うなら最初から完成されたものを見つけて、そっちに行っけば済むだけの話。 何もわたしが、あんたのために変わりたい。って言ってるわけでも何でもないし。わたしはわたしでこのままでいいと思ってるんだから。変えた方がこの土地で生きやすいだろうとか、余計なお世話なんだよ。 胸の内で思う存分毒を吐いて鬱憤を晴らしていると、高橋くんは憂いのかけらもないあっけらかんとした顔でうーん、と伸びをして爽やかに笑った。 「まあ、いろいろとこの集落特有の事情があるのは確かだから。一概にいいとか悪いとか、外の人間が無責任に言うことじゃないね。とにかく適齢期の人間がそこにいれば、どうにかしてここに定着して子孫を増やして欲しい。って誰もが考えてることはわかった。けど、ここの在り方を考えたら。どうしてもそう考えちゃうのが間違ってる、とは断言できないし…」 「何か申し出でも受けたんですか、もしかして」 ていうか、さもありなん。遅かれ早かれここに永住して子どもを作ってね、とこの人が村のお偉いさんたちに懇願されるのはとうに確定事項だった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加