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第3章 三角関係に似た何か
「う、わぁ…。すごいね、これ。どうなってんの、本当に?」
昨日はいろいろと混乱したけれど。結局のところ、事態はこういうことに落ち着いた。
目をきらきら輝かせて目前に広がる奇観に感嘆してる実に無邪気、と見えなくもない高橋くんの様子にそこはかとない安堵を感じながら。わたしはまあ、これで別によかったんじゃないの。ちょっと一瞬ばたばたしたけど。と今朝からの経緯を思い返して胸の内で独りごちていた。
夏生の手で高橋くんから無理やり引き剥がされ、お役目半ばでなす術もなく自宅へと連れ帰られてしまったその翌日の朝。
何となくトーンダウンした湿気った気分で、母を手伝って朝食の準備をしていたわたしだったが。そこに朝も早いうちから、我が家のドアを叩く者が現れた。
「…お、早いねこんな時間に、鉄朗くん。お勤めご苦労さま。昨日の件か、もしかして。うちの純架に何か?」
玄関に出た父の声がキッチンまで聞こえてくる。わたしの隣で母が、フライパンにぱかり。と落とした卵をぐるぐるとかき混ぜながらちょっと忌々しそうに声を落として呟くのが耳に届いた。
「山本か。…早速朝から駆けつけてきたってことは、やっぱりあの余所者の件かな。全く、あんたがうかうかしてるからよ。みんな大人しく屋根の下に収まってるときに。一人だけふらふら外に出てるから。結果変なのに目をつけられる羽目になっちゃって…」
「はあ。…ごめんなさい」
そんなに本気で怒ってるってわけじゃなく、ただ愚痴がそのまま口から溢れてる状態ってこっちもわかってるから。適当に口先で謝って済ます。
ちなみに父と母は双方とも山本さんと同い年の幼馴染みだから、自ずからこういう気安い態度になる。それでいて片や下の名前にくん付け、もう一方は苗字呼び捨てって距離感なのは父と母、それぞれの性格によるとしか。まあ言いようがないが。
玄関先じゃなんだから、とそれでも山本さんは丁重に家の中に呼び入れられた。個人的な用件で来たわけじゃなく、村長たち集落のお偉方の意向を代表してここに来てるってことがはっきりしてるってこともあるけど。
招き入れられてダイニングテーブルに就き、お茶を差し出されて一口飲んでから山本さんはわたしの方を向いておもむろに話を切り出した。いつになく口調が堅い。
「…上層部の意見を集約しつつ、ご本人の意向も斟酌の上いろいろ検討してみたんですが。結局、純架ちゃんに高橋氏の担当を正式に依頼するのが最善。という結論に、改めて達しました」
「そう。…なん、ですか」
ちょっと意外。あんな騒ぎがあったし、これ以上わたしを高橋くんのそばに置くと夏生が何かと絡んできて面倒だからじゃあ、もう他の人に頼むか。って当然なるかと思ってた。
もちろん彼の案内係をするのは別に全く嫌じゃないけど。正直なところ、わたしじゃないといけない要素は何一つない任務だし。
もっとそつなく上手に対応できる人が他に全然いないとは思えない。わたしほどひまひまな人間が集落にそう大勢はいないのは同意だが、これは真っ当に正式な業務だって考えたら。役場に勤めてる人の誰でもあえてそのために時間を割いたっていいわけだ。
山本さんは言うべきことを既に頭の中で充分整理してからこの訪問に臨んだと見えて、普段のちょっと押しに弱い頼りなげな態度が嘘みたいにこちらを真っ直ぐ見据えてわたしに告げた。
「これは決定事項なので。このあと夏生くんの家にも寄って、僕からしっかり話をして納得してもらっておきます。だから純架ちゃんはもう何も気にしなくていいから。あとは心置きなくあんな感じで、また昨日の案内の続きをお願いしたいんだよね」
「それは。…別に、構いませんが。こっちは」
嫌だと突っぱねるほどのことでもない。けど、そこまでする?って漠然とした疑念はやはり残る。
わたしの後ろに立ってる母が、きりっとした顔で役割を果たしてる山本さんに容赦なく普段の調子でずけずけと突っ込んだ。
「別にこの子はプロのガイドでも何でもないわよ。一応本業は持ってるし、まあひまひまだけど。空いてる時間はできるだけわたしの仕事を手伝うよう言ってある。それをわざわざ選んで連れて行くのは何で?正直そんなの役場勤めの人たちの仕事でしょ。あんな、得体の知れないよそ者の男に非力な娘を一人であてがうなんて。ちょっと無責任じゃないの、あんたたち?」
相変わらず怖いもの知らず過ぎる、うちの母。と思わず首をすくめた。別に山本さんが言いやすい相手だから遠慮なく思うところをずばずば言ってるだけ、ってわけじゃない。この人なら相手が村長だろうが技術部長だろうが、平気で言いたいことをどストレートに口にするだろうな。
山本さん側に立ってる父も同じように感じたらしく、いつもの温厚な表情にしょうがないなぁ。とでも言うような微かな苦笑を滲ませた。何というか、つくづく似合いの夫婦だよな。うちの両親って。
しかし今日の山本さんはひと味違う。うちの母にはいつも一方的にやられてばかり、頭が上がらないって風なのに。
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