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【吐く】
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・【吐く】
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帰路の途中、急にアムロがギアを取り出して、使用し始めた。
急にどうしたんだろうと思っていると、アムロはムフフと笑ったと思ったら、
「僕の能力がマックスになったじゃ! 頭脳も体力も最強なんじゃ!」
と叫んだ。
そんなこと叫ぶヤツ、少なくても頭脳は最強じゃないだろと思いつつ、
「だからどうしたんだよ」
とツッコむように言うと、アムロは走り出した。
「すごいじゃろ! 高速なんよ! 太高速なんよ!」
でもスピードは別に全然速くない。
いや、
「自分の得意な能力が上がるって話じゃないのか? アムロはダッシュが特徴じゃない確定だろ」
「確かにそうかもしれないんよ」
そう言って立ち止まり、振り返ったアムロ。
でもすぐさままた前方を向いて、
「いいや、でもダッシュが特徴かもしれないんじゃ!」
「一瞬立ち止まるヤツ、多分特徴じゃないだろ」
「走りまくるんじゃ!」
と言って走り出したので、俺とポンコツロボットもそのスピードについていった。
まあいつもよりは速く家に着くと、アムロはもうぜぇぜぇだった。
肩で息しながら、
「体力も、別に、普通かも、しれないんじゃ……」
「そうだろうな、何かもうイメージとしては黒い息吐いてるくらいのイメージだし」
「水を、水を渡してほしいんじゃ……」
俺は庭の蛇口を捻って、
「この水を飲めばいいんじゃないか?」
と言うと、か細い声で、
「もうそれでいいんよ……」
と言いながらその水をがぶがぶと飲み始めた。
今は完全に細(ほそ)で確定だったなと思いつつ見ていると、アムロはみるみる目を輝かせて、こう叫んだ。
「いくらでも飲めるんよ! 僕の能力は大(おお)水飲みだったんじゃ!」
「何だよ、大水飲みって、無芸大食確定かよ」
「無芸大食ではないんじゃ! いろいろ芸する上に水を太く飲むんじゃ!」
「太く飲むって何だよ、喉が太くて通過しやすいのかよ」
そんなことを言っていると、何だかポンコツロボットがあわあわし始めたので、
「どうしたんだ、ポンコツロボット」
と聞いてみると、ポンコツロボットは小声で、俺にだけ聞こえる声で、
「また飲み過ぎて、ギアの効果が切れたところでお腹痛くなってしまったら、どうしましょうか……」
と言ったので、俺は「あっ!」と思って、
「やめろ! アムロ! またお腹痛くなるぞ!」
「そんなことないんじゃ! まさか水くらいで、なんよ!」
《水くらいでなんよ!》
いやトランパーでもそんな強気を吐くなよ。
両方じゃないんだよ。
《水をいっぱい飲む能力は汎用性抜群なんよ!》
そんなことないだろ。
全然使えないだろ。寝る前の熱中症予防だけだろ。あんまり汗かかなかったら、夜にオシッコ行かないといけなくなるし。
《どっちが上かハッキリさせるため、格之進と水飲み対決してもいいんじゃ!》
そんなことで主従関係決まんないだろ。
どっちが上とか言ったりするの、マジで弟みたいだな。バカな弟過ぎる。アムロは。
《水飲んで成長するんよ!》
牛乳であれよ。
と、アムロのトランパーに心の中で反応していった結果がこちらです。
「おぇぇぇええええええええええ!」
俺に鳩尾を殴られて水を吐くアムロ。さっきと一緒じゃん。
結局腹痛に見舞われて、吐かせることになった。
へろへろになって、その場に倒れ込み、またポンコツロボットが薬を調合していた。
こんな一日に2吐きはさすがにつらいだろうな、とは思った。
空を見れば夕暮れ。次のギアは明日の日曜日で最後だなと思いつつ、俺はなんとなくポンコツロボットへこう言った。
「ギアはあと一つ? 明日には終われそうだな」
するとポンコツロボットは首をブンブン横に振って、
「ギアはあと二つですよ!」
と言って俺は正直目を丸くするほど驚いてしまった。
いやいや、空中でばら撒いたギアって四個あったのっ? まだあるじゃん!
そもそもその数を教えてくれてなかったことも何かポンコツ確定だし。それとも聞かなかった俺のせい?
ポンコツロボットはニコニコしながら、
「でも二つもギアが戻ってくるなんて全部格之進様のおかげですね」
と言うと、ぐったりとしたアムロがなんとか声を上げるように、
「アムロ様がポンコツロボットに指示を送っているからなんよ……」
と言ってポンコツロボットもうんうん頷きながら、
「アムロ様のおかげも少しはありますっ」
と答えると、アムロはポンコツロボットの頭を叩いてから、
「全部僕のおかげなんよ!」
と言いつつも、何か叩いた手を痛がっている動作をした。そこの強弱の感覚無いのかよ。自分の手が痛くならないようにやれよ。
ポンコツロボットはちょっと困ったような顔をしながら、
「そうですね、勿論アムロ様も素晴らしいです」
「も! じゃなくて”は”なんよ! 僕がワンでオンリーなんよ!」
そんなラッパーの自画自賛みたいなこと言われても、と俺は思ってしまった。
相変わらずポンコツロボットはアムロにぺこぺこと頭を下げていて、まあロボットだし主従関係は絶対なんだろうなぁ、とは思った。
アムロは布団の前で跪いて、
「もう今日は寝るんよ、あっ、格之進は麦茶を持ってくるんよ、極太の麦茶2ほしいんよ」
「麦茶は細いほうが多分美味しい成分が溶けだしやすいだろうけども。麦茶二杯ということな」
俺は冷蔵庫からコップと麦茶そのものを持って、アムロの前で麦茶をコップに注いだ。
「この味は安心するんよ……」
そう言ってから麦茶をグビグビ、めちゃくちゃ美味しそうにすぐ飲み切ったアムロは、
「もう一杯ほしいんよ、こんな夜は飲むしかないんよ」
「全然まだ夕方だけどな」
と答えつつも俺はまた麦茶を注いで、それをまた一気に飲み干したアムロは、
「もう一杯入れて、ここにとりあえず置いといてほしいんよ」
と言ったので、また麦茶を注いでから、麦茶の入ったペットボトルは冷蔵庫に戻した。
アムロはまるで初めて麦茶を見た人のように、
「綺麗に透き通った茶ぁ」
と嬉しそうに麦茶の入ったコップを持っていた。
俺は普通にお風呂のスイッチ入れて、空いた時間にテレビでTverを見始めた。
ポンコツロボットはずっとアムロの傍で座っていて、命令を待っているようだった。
俺がゆっくりお風呂に浸かってから出てきたら、アムロはもうそのまま寝てしまい、残った麦茶はまあもったいないので、俺が飲んだ。
ポンコツロボットもアムロと一緒に目を瞑っていた。
俺がテレビ観て笑い声で起こすのもあれなので、早めに俺も寝るかなと思っていると、またトランパーの声が聞こえてきた。
《何で僕のことを期待してくれないんよ……》
また昔の夢か、そればかりだな、アムロは。
《極太じゃなくていいんよ、細っい期待でもいいんじゃ》
向こうでもこの太い細いで表現しているんだ、まあそれは当然か。
《紐期待でいいんよ》
そんな言い方するんだ、いざとなったら。
《頬についたご飯粒ほどの期待でいいんよ》
向こうにもご飯粒あるんだ、まあ米美味しいからな。
《それを取ってくれる女子もおらんていいんよ》
何だよ、ご飯粒を取ってくれる女子はいなくていいから期待してほしいって。
表現のバグ確定じゃん。
《何で両親にも期待されないんよ》
その言葉に俺は急に胸がキューと縮むような気持ちになった。
両親に期待されないって、俺じゃん、いや俺はもう両親を失っているような状態なので、俺のほうがキツイか。
けども、
《もういないも同然なんよ、こんな僻地に飛ばされて、一人で任務なんよ》
……。
《でもこの任務が成功すれば返り咲けるかもしれないんよ、一気に僕が頂点になるんよ》
それにしてもアムロはどんな任務があって地球に来ているのだろうか。
ギアをばら撒いたからまずギアから集めているけども、本来ギアを集めるという工程は存在しないはずだし。
持っているギアも大きくなるとか体力強化とか、何か全部闘う感じのヤツなんだよなぁ。
いや今のところアムロはそれを食にしか使っていないけども。
《僕の価値を分からせてやるんよ、太価値なんよ》
価値は太さじゃないだろ、輝きだろ。
《極太の金色棒なんよ》
ごくぶとのこんじきぼう、ってなんだよ。
《建てるんよ、一等地に》
ビルみたいなの? 極太の金色棒って。
《都会の一等地に建てるんよ》
どうやらビルらしい。
《中はコンサートホールにするんよ》
商業施設なんだ。
《両親だって見返してやるんよ》
両親か、でもまだ両親の存在がちらついている時点でアムロは幸せかもしれないし、存在する人がこちらを見ないからこそ辛いかもしれない。
でもやっぱりアムロの吐露する、吐いてしまう言葉は共感してしまうところがあって。
どうやらアムロはずっと独りぼっちらしい。俺と一緒だ。
だから何だかアムロのことは憎めない。要所要所でズルいようなところもあるけども、それも可愛い弟のように思ってしまうんだ。
《この任務さえ成功すれば、この任務さえ成功すれば、なんよ》
でもその任務って本当に何なんだろうか。
アムロはその後、トランパー寝言を発することは無かった。
寝ている姿を見ると、深い眠りについたような表情をしていた。
トランパー寝言の時はやっぱりうなされているような顔をしているからな。
まあ安らかにお休みできていればそれでいいか。
俺もベッドに入って寝ることにした。
こんなまだ午後八時くらいで寝ることなんてほぼ無かったけども、ぐっすり眠ることができた。
多分慣れないことをしたおかげだ。おかげというのもどうなのかな。まあおかげ確定でいいや。
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