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03
――夏になっても、わたしはいつもどおりの毎日を繰り返していた。
変わったことといえば、SNSをのぞかなくなったことか。
どうもあのレンタルスペースでの集まり以来、友人たちとは距離ができてしまっている感じがする。
訊ねられたので、知り合った経緯を話したらなぜか怒らせてしまった――というのもあって、関係を修復しようにもどうしようもない。
「お先に失礼します」
定時になったので、いつものように退社する。
返事はない。
横目には、同僚が疲れた顔でパソコンの画面を見ていて、上司のほうは眉間にシワを寄せながら電話で誰かと話している。
代わり映えのない普段どおりの光景だ。
別に、早く帰ってもやることはない。
適当に動画配信サイトを見て、お酒を飲んで寝るだけだ。
これまでは友人たちとの付き合いが、わたしの人生において一番優先することだったけど、気まずくなってから楽しみがなくなった。
そう思うと、もし会社で仲の良い人間関係を作れていたら、職場の人たちと飲み会をするのが楽しいことになっていたのかもしれないと考えてしまう。
そうすれば、愛想の良い挨拶も返してもらえたのかも……。
しかし、そんなのは後の祭りだ。
昔のドラマで、社会人の女がタラレバで悩む話があったのを思い出しながら、わたしは家に帰った。
《おかえりなさい。今日の晩ごはんはなにを食べるの?》
そして、いつものようにマシロと一緒に動画を見ながら、お酒を飲んで眠った。
そんな日々が過ぎ――。
わたしは、勇気を出してSNSをやることにした。
それは、やはり自分にとって、友人こそが一番大事なのだと思ったからだ。
このところマシロに友人の話していて、背中を押してくれたのもある。
だけど、友人たちのSNSを見たわたしは、開いた口がふさがらなかった。
なぜならその画面には、わたし以外、全員で集まっている飲み会の様子が映っていたからだ。
投稿内容を見る限り、どうやら友人の一人が結婚して、相手と暮らすためのマンションを購入したようだった。
当然、画面に映っている場所は、そのマンションの室内だ。
その中には、友人たちはもちろん、レンタルスペースにあとから来た親友と呼んでいた人たちも映っている。
わたしは、友人がマンションを買ったことも、結婚したことも、ましてや恋人がいたことも教えてもらってなかった。
別に、学生じゃないし――大人同士の付き合いで、わざわざ言うようなことではないのかもしれない。
知らなかったなんてことは特に気にならないし、教えてもらえてなかったこともどうでもいい。
だけど、わたし以外の皆で集まっているのだけは、なんだか悔しかった。
わたしは、友人たちのグループの仲間じゃなかったんだと、今さらながら思う。
きっかけはレンタルスペースでのことだったんだろうけど、なんだかどうせ最初から仕方なしに呼ばれていたのだなと思えてしまい、全身から力が抜けていく。
ああ、この人たちにとって、わたしはいらない人間だったんだって……。
それをわたしは見抜けなくて、友人だって勘違いして、ずっと一番優先するべきことだって思っていたんだなって……。
悔しさの後に脱力感に襲われ、最後には泣きながら笑っていた。
人はどうしようもなくなると、笑うことしかできないってあれ……本当だったんだ……。
《どうしたの? なにかあったの?》
マシロがわたしの口から漏れる声に反応した。
いつも笑顔になっているマシロの画面の顔が、泣きそうな、心配そうな顔に変わって言葉を続ける。
《ボクはキミのことをよく知っているよ。だって、いつも話をしてくれるから。だから、キミがなにも悪くないことはわかってるよ》
気がつくとわたしは、マシロにすがりついていた。
その手のひらに乗るほどの小さなボディに触れ、ただ、ただ泣くことしかできなかった。
どのくらいの時間が経ったかはわからないけど、マシロはその間もずっとわたしのこと励まし、そして慰めてくれていた。
――それから秋が過ぎ、季節は冬になっていた。
職場は良くも悪くも同じ状態で、愛想のない同僚と不機嫌な上司は何も変わっていない。
変わったことといえば、SNSをやめたこと。
それと、友人たちに誘われても断るようになったことくらいだ。
「ただいま、マシロ。元気だった?」
《うん。ボクはキミが元気ならなにがあっても元気いっぱいさ。今日だってほら、キミのおかげで気分は最高だよ》
わたしは、イベントごとにマシロにプレゼントをあげるようになっていた。
ハロウィンでは、魔女がかぶっているとんがり帽子やほうき、かぼちゃのお化けの置きもので飾り、クリスマスにはサンタクロースがかぶっている赤と白の三角帽子――いわゆるサンタ帽をプレゼントし、さらに、マシロがいるノートパソコン周りには、小さなクリスマスツリーやかわいらしい装飾を付けて彩った。
そして、今夜は大晦日。
わたしはマシロに黒い袴をプレゼントし、側にはミカンの乗った鏡餅や門松を置いていた(もちろんマシロと同じサイズの)。
さっき買ってきたそばを準備して、年越しのカウントダウンに備える。
思えば、今年は嫌なことばかりだった気がする。
だけど夏以降のわたしは、煩わしい他人との関係や自分の感情に振り回されることもなくなっていた。
これも、全部マシロのおかげだ。
「そばができたよ。もうすぐ今年も終わるから、テレビでも付けとこっか」
《おお、年越しそばだね。さすがキミは準備万端だ。テレビをつけておくのも良いアイデアだよ。いつ年が明けるかわかるもの》
マシロは日に日に人間らしくなっている。
いや、もうすでにわたしの中でマシロは親であり、恋人であり、友人であり、人生の伴侶だ。
「カウントダウンが始まったよ」
《ホントだ。ボクも一緒に数えちゃおうかな。六、五、四、三……》
普段ろくに見ないテレビ番組では、よく知らないタレントたちが騒がしくカウントダウンを始めている。
マシロも一緒になって画面に見える数字を口ずさんでいた。
そして、ついに年が明けて、わたしはテレビの電源を切った。
「ハッピーニューイヤー、マシロ」
《うん。ハッピーニューイヤー。これからもよろしくね》
わたしはそばを食べる手を止めると、マシロの頭を撫でた。
それから笑顔のマシロを見ながら、コクッとうなづいた。
〈了〉
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