3,岬先生の庭

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岬先生の家は、お寺から10分ほど住宅街を歩いたところにある一軒家だった。 門から庭へ3人を導くと、先生は「ここで待っててね」と家の中へ入って行った。 庭に置き去りにされた3人は、その庭の広さに目を見張った。家の建物より、庭の面積の方が広いかと思えた。 庭は、自由に育つことを許可されているかのように草木が気ままに生い茂っていた。 そして片隅には10株ほどのアジサイが、今の主人公は自分という顔で咲いていた。 岬先生の隠された私生活の一部である庭だという神秘性が手伝ったのか、それらのアジサイは他のものより幻想的な美しさがあると、妙子は感じた。 奈保と竜次も、アジサイに見とれて無口になっていた。 そこへ、岬先生が現れた。 ゆったりとした青い部屋着で、髪はほどいて肩まで垂らしていた。 その姿を見た瞬間、妙子はアジサイの精だと直感した。 教師は仮の姿で、本当はアジサイの精なのではないかと思わせるほど先生は美しく、その美しさが束縛を解かれたように自然だった。 「お寺のアジサイの株を分けてもらったの」 と先生は、何本かある青いアジサイの1つを指さした。 赤いアジサイも1本あり、それは土がアルカリ性になる培養土を混ぜたのだと説明した。 「日本の土は酸性が多いから、青いアジサイの花が多いの」 「でも、アジサイは青が一番アジサイらしい色だと思います」 妙子がきっぱり言った いつの間にか雨がやんで、自分たちがどこかの店を出たあたりから傘をさしていなかったことに、3人は気付いた。 周囲が明るい、と空を見上げると、虹がかかっていた。 「うわあ、虹も梅雨のご褒美だよね!」 竜次が感嘆の声を上げた。 「虹がアジサイのことを見ているみたい」 奈保が、かろうじて聞こえる小さな声で感想を漏らした。 岬先生と3人の生徒は、虹とアジサイを交互に眺めて、奈保の言葉が真実味を帯びてくるのを実感した。 赤、紫、青、緑……。虹は、自らの色をアジサイに分け与えているのではないか。雨の申し子であるアジサイに。 雨は、虹を作り出す独自の魔法を持っている。 アジサイにも、その魔法がかかっているのだろう。 「まだ梅雨が嫌い派?」 竜次の声に、妙子は我に返った。その声が耳元で囁くように近くで聞こえたために、彼女はドキッとした。 その時、妙子はあることに気付いた。 竜次が好きなのは、奈保ではなく自分かもしれないと。 気恥ずかしさのためにきつい表情で竜次の方に顔を向けると、竜次は「ヘヘッ」と照れ笑いして妙子から距離をとった。 「好き、かもしれない」 蚊の鳴くような声で、妙子は呟いた。 岬先生は、虹もアジサイも生徒たちもまとめて情愛で包み込むような笑みを浮かべていた。 竜次が急に大きな声で言った。 「俺、やっとわかった!梅雨に雨が沢山降るのは、アジサイが咲くからだって」 岬先生と妙子と奈保は、竜次の示した解答に同感して頷き合った。 夕暮れの風が吹いて、アジサイの葉の群れが一斉に揺れて葉擦れの音を立てた。 「雨よ降れ、雨よ降れ」 と、それは4人の耳に聞こえた。 (了)
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