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「ところで皆さん、梅雨はうっとうしくて嫌いだという人も多いかと思いますが……、まず、梅雨が嫌だという人、手を挙げてください」
クラスの約半数が、迷う余地がないという風にサッと手を挙げた。
「では反対に、梅雨が好きな人、もしくは嫌いではないという人」
残りの約半数が手を挙げた。これは、岬先生が予想したより多かった。
その結果に満足するところがあったのか、岬先生は自然に湧き出たようにほくそえんだ。
「じゃあ、梅雨が嫌いな人の理由を訊いてみたいと思います」
雨宮妙子が率先して手を挙げた。
「外で遊べないし、太陽が出ないと洗濯物が乾かないし,髪もまとまらないし、気分が落ち込んで早く梅雨が明けてカラッと晴れてほしいと思います」
それは、梅雨を嫌悪する人々のごく一般的な思いを代弁する意見だった。
「雨宮って、名字に雨が入ってるのに雨が嫌いなんだ」
と、竜次が茶々を入れた。
「雨が全部嫌いなんじゃなくて、梅雨の長雨が嫌いなの」
妙子はむきになって言い返した。
「同じことだよ。雨が嫌だっていうのは大抵個人的な都合なんだけど、雨が降らないことによる水不足、干ばつなんかは集団的、社会的に深刻な問題だよ。個人的なレベルで雨が嫌いって言っている人は、広い視野で物事を見ていないんじゃないかな」
竜次の説に妙子は不服そうな面持ちをしたが、何も反論できなかった。
「個人的だっていいじゃない。社会的にって、政治家じゃないんだから」
と呟くのが精一杯だった。
さすがに竜次一人が発言しすぎていると感じた岬先生は、自分から積極的に発言することが滅多にない倉田奈保を指名した。
内気な奈保は口ごもりながら、雨が好きな理由を説明した。
「えっと、雨の日はお気に入りの傘やレインコートを使えるとか色々あるんですけど、私、幼稚園の頃からずっとピアノを習っていて、弾くのが大好きなんですけど、ちょっと難しいけどショパンの『雨だれ』っていう曲がすごく好きで、この曲は実際ショパンが雨の音に曲想を得て作ったんです。
それで、雨が降らなかったらこの曲も生まれなかったって思うと、『雨だれ』のもとになった雨も好きになったんです」
ショパンの「雨だれ」を知っている生徒は数人いたが、あとは自分の守備範囲外の話として、ポカンとした表情で聞いていた。
「雨だれ」を知っている岬先生は、感に堪えたように褒めた。
「それは素晴らしい理由ですね。雨にインスピレーションを受けて生まれた音楽は、世界に数多くあります。音楽家にとっては、雨だけでなく自然界の音全部がインスピレーションの源なのでしょう」
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