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雨と涙
「……っお願いだ、待ってくれ。もう少し……、もうすぐきっと降る。だから……っ」
強まる風の中、しかしその声は虚しくかき消されていく。風の中に雨の気配を感じながらも、その薄暗さは夕闇ゆえ。実際、空から雨粒は落ちては来なかった。ただ、男の頬に涙が一筋伝って落ちていく。
「行くな、待ってくれ。……華夜ぁっ」
男の叫びを聞いていたのは真っ白な着物に身を包んだ女だけだった。周囲を取り囲む人々の中には男の腕を掴み、女から引き離そうとする者もいる。しかしその誰一人として、男の叫び声に耳を傾けることなく、泣き叫ぶ姿に目をやることもない。
そして女は、ただひとり自分をまっすぐに見据える男に向かって、ふわりと微笑んだ。
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