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「実は鼻緒が切れてしまって」
「え、大丈夫?」
「はい。ギリギリのところで廉が助けてくれたので」
「そっかそっか、良かったね~。男前は違うね」
そう言って、廉の肩を叩く先輩を彼は軽くあしらって私の部屋へと入った。
「あ、れんれん。そのまま襲っちゃダメだよ?」
思わず咳き込む私を他所に、廉は冷静に返す。
「その言葉そっくりお返ししますよ、先輩」
久しぶりに見る、彼の至極意地悪な笑顔。
先輩はクスクスと楽しげに笑っていた。
廉の意地悪をあんなにも楽しめるなんて、さすが大人の余裕がある男は違うな。
完全に扉が閉められれば、廉が私をようやく解放した。
「あ、ありがとう」
「おぉ、背中が軽くて飛んでいきそうだ」
だからあれ程下ろしてと言ったのに、こいつは二重人格かそれとも極度の忘れん坊なのか。
「最低っ」
睨み付けて吐き出せば、カラカラと愉快そうに彼が笑う。
完全におもちゃにされている。
「いいから早く出ていってよね!」
「おわっ、ちょっ、いきなり押すなって」
そんな言葉に耳を傾けず、押し続けたのがいけなかったのだろうか。
「きゃっ!」
「バカっ!」
何が起こったのか状況を読み込むまでに、数分ほどかかった。
「痛ってぇ…」
その言葉が自分の頭上から、至近距離で漏れる。
私の下には逞しい胸筋があり、自分のものではない心音。
急いで上を向けば、こちらを覗き込む廉と目が合った。
「大丈夫か?」
「…あ、だい、じょうぶ…」
「だから、暴れんなって言ったのに。さすがに使いすぎた今の足じゃ、いつもみたいに俊敏には動けねぇよ。まぁ、頭はクッションのお陰で助かったけどな」
その説明に勢い良く飛び起きた私は、急激に体温が上昇したせいで汗が止まらなくなった。
「ご、ごめん!お風呂入ってくるら、また明日ね!じゃぁ、今日はありがとう」
「え、おい、お前怪我はないのかよ」
「ありませーーーん!!!」
私は扉を開けながら振り返りもせずに、家中に響き渡る声で叫んで部屋を飛び出した。
第三話 『線香花火と熱い夜』に続く。
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