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日が傾き始めた頃、私は高校からバスで三十分以上かかる場所にある、隠れ家的なカフェへ来ていた。
あの後、図書室を出た私は聖也くんにこの場所を告げて学校を出た。
星空壮に戻り、制服から私服へと着替えてここまで来たのだ。
ここなら生徒はもちろん、職員もきっと知らない。
民家の中にひっそりと佇むこの店は、見た目も普通の民家で看板も小さいものが扉の上にひとつだけ。
おまけに店主の気まぐれで営業日が決まっている。
「明桜ちゃん、今日は待ち合わせかい?」
奥のテーブル席に腰を掛ける私へ問いかけるのは、白髪混じりの髪をおしゃれにセットした老紳士のマスターだ。
「そう。懐かしい人と少し」
「今日はまだ混まないから、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
お礼を伝えて微笑めば、マスターが穏やかな笑みを浮かべて続ける。
「明桜ちゃん、おばあちゃんとおじいちゃんは元気かな」
「…最近帰っていないので、なんとも。たぶん、…元気です」
「…そうか。ごめんね、答えたくなかったよね」
申し訳なさそうに謝るマスターが、お詫びと言ってチョコレートを二粒出してくれた。
「そんな…!マスターは何も悪くないですよ、だから」
「いいんだ、受け取って」
「…すみません、…ありがとうございます」
マスターと同じ顔をして頂けば、今の私には甘すぎるぐらいのカカオが口に溢れた。
それと同時に、店内に軽やかなベルの音が鳴り響くと、待ち人がこちらを見つけて口角を上げた。
私は微笑みながら、奥から控えめに手を振る。
「お待たせ。遅くなってごめん」
急いで来てくれたのだろう、少し前髪が乱れている。
「ううん、来てくれて嬉しい。…もしかしたら、来てもらえないかもって思ってたから」
「…来るよ、何があっても」
日暮の鳴き声と暑い西日が、私を染めていく。
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