【第9話】実技演習

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【第9話】実技演習

【第9話】実技演習  今日は晴天、雲ひとつ無い空。これ程実技演習に向いている日は無いだろう。何を隠そう今日は志乃が待ちに待っていた実技演習の日なのだ。  実技演習とは、戦闘経験のない一般の生徒のために設けられた天明学園特有の授業だ。主に剣の使い方、弓の使い方、槍の使い方、受身の取り方、柔道、空手などの護身術などを習う。  志乃はこの実技演習が楽しくて仕方がなかった。だって半分本気で日南とやり合えるから。  志乃は剣の才能があった。父から教えてもらったことはすぐに吸収し、それ以上の事をやってみせる。小さな頃から木刀をもって訓練に励んだ。剣だけではなく護身術も習った。武術というものに小さな頃から慣れ親しんできた。  実技演習では通常は本気の戦闘はしない。皆素振りをしたり少し打ち合ったりするだけだ。しかし、この授業が始まる前に戦闘訓練をしたことがある生徒同士でエキシビションをやるのだ。実技演習の点数は志乃と日南は1位同点であった。  体操服に着替えて、準備をする。長い髪はポニーテールにする。これで、志乃の準備は完了だ。  芝生を植えられた大きなグラウンドβで実技演習は行われる。全クラス5クラスで授業を受ける。初めてで不安を抱えた顔の生徒もいれば、自信満々な生徒もいる。志乃の周りには同じクラスの宮下萌黄(みやしたもえぎ)とC組の花香茉莉(はなかまつり)がベッタリと張り付いていた。 「志乃ちゃんは実技演習どうなんですか? 私、初めてで、ついていけるかとっても不安なんです」  萌黄が青い顔をして訴えた。それに同調するように、茉莉も志乃を掴む手に力が入る。 「わ、私もです……夢魔は戦闘、あんまり得意じゃありません。私も戦ったことなんてありませんし……」  その不安を慰めるように志乃は言う。 「ふふふ、そんなに不安に感じなくても、高入生の皆は同じところから始まるから、大丈夫だって! 中学からいる子も3年生の時しか実技演習しないから、皆抱えてる不安は一緒だよ」  その言葉を聞いて、萌黄と茉莉は不安気な顔から一転、パァァと明るい顔になった。その様子を見ていた日南は笑い転げていた。 「志乃教信者だぁ! あっはっはっは!」  その笑いを聞いて、萌黄達も不安を吹き飛ばして笑った。その様子を見ていた者がいた。来栖旬(くるすしゅん)だ。 「お気楽な事でいいご身分だなぁ。俺たちのような崇高な人間は本番に備えて、準備してきてるんだよ。エキシビションには俺が選ばれるだろうな。お前らみたいな人外とつるむ奴なんて、実技演習の点数なんざ、しれてるな!」  来栖が何に対して気に食わなかったのか、何となく想像できた。前に日南とバチバチにやりあったことをまだ気にしているのだろうか。日南は呆れた表情で言い返す。 「はぁ、これだから何も知らないお坊ちゃまはよ、そんなことしか言えないの? 馬鹿? あ、ごめん、馬鹿だったね」  来栖は沸点が低い。すぐにキレる。また言い合いになった。そこにちょうど先生達が到着する。 「そこー、騒がない。今から実技演習を始める。すぐに各自好きな武器をもて、と言いたいところだが、まずは戦闘訓練をしたことがあるやつ同士で本気のエキシビションをしてもらおうか思う」  戦闘訓練をしたことがある生徒はドキドキしながら先生の言葉を待った。志乃もドキドキしていた。 「では、発表する。呼ばれた者は前に出てこい。まずは上原と山谷」  呼ばれた生徒は志乃では無かった。志乃は少し落ち込んだ。 「何を使ってくれても構わない。あとそうだ、もう2組見てもらうぞ、心して見よ」  先生の言葉に嬉しくなった。志乃は単純であった。  上原と山谷という生徒が学校の備品である木刀と槍を構えた。始め、という合図でかんかんと打ち合う。初めて戦闘を見た生徒達は目を輝かせて見た。山谷が打ち込むと、上原の木刀が落ちた。これで終了である。 「次、来栖と水無瀬」  これを聞いた来栖は自慢げな顔で志乃達を見た。アリスもすかした顔で前に出る。  2人とも木刀を持ち、試合が始まった。先程の試合より、洗練された動きの2人。観客の生徒達は凄い凄いと歓喜の声を上げた。来栖が上から叩き切ろうとすると、アリスはそれを受け流し、逆に木刀を首に当てて、形勢逆転勝利をした。来栖は負けて悔しそうだったが、嫌な笑みで志乃達を見た。  この2人の試合が終わると、各クラスの先生たちがいそいそと何かをし始めた。結界を張り出したのだ。この様子になんだなんだと生徒がざわめく。  なーこ先生が戻ってきて、悪い顔でこう言った。 「次の試合が本当に見せたかったものだ。皆、目をかっぴらいて、瞬きを忘れて見ろ! 籠屋! 朧月!」  興奮しきった生徒達はうおおおおぉと雄叫びを上げて騒いだ。来栖は信じられないと言う顔をしていた。  志乃は嬉しすぎてにやけ顔が止まらなくなっていた。日南はその顔を見て、ニヤニヤと笑う。  志乃は木刀、日南は槍を持って、結界の中で向かい合った。 「今度こそ私が実技1位になってやる!」 「それは、こっちのセリフ!」  始め! この合図で2人は動いた。  日南は籠り日の箱を取りだし、何かを唱える。志乃は足に力を込めて、ダァンと走り出した。 ――ガァン!  鈍い音が響き渡り、空気が揺れる。そこからは怒涛の受け答えタイム。カンカンカンとものすごいスピードで打っては打ち返すを繰り返す。生徒は今までの試合がどれほど底辺の試合だったのかと思うくらい、魅入られた。  日南が痺れを切らしたのか、籠り日の箱に何か命令を出す。すると箱から光り輝く槍のようなものが三本出てきた。それを志乃目掛けて打ち放つ。生徒達はキャーと言うが、志乃はお構い無しに全ての槍を切り伏せた。しかも笑顔で。 「……なんか、前より強くなってない?」 「んー? そうかな? そういえば力が有り余ってる感じがする!」  志乃と日南は戦闘中だと言うのに呑気に会話をする。その様子を見て、皆が驚愕した。この2人は戦闘慣れしてるんだと。そう思うと怖くなった。  日南がまた光の玉を撃つと志乃はそれを全て躱して、日南の懐に潜り込む。志乃は笑っていた。でもそこで日南は簡単にはやられない。隠し玉を持っていたかのように、懐には箱があったのだ。ズンと光線が放たれた。今度こそダメだと生徒が悲鳴をあげたが、そこには華麗に片手で連続バク転をして、後ろに跳んで躱す志乃の姿があった。 「うーん、やっぱり日南ちゃんは強いねぇ。そう簡単には行かないか」  志乃は木刀を投げて持ち直した。 「今度は私の番ね!」  そう言うと、目に見えぬ速さで日南の元に駆けていく。まるで風と一体になっているかのような速さだった。  日南は志乃の一太刀を受けると後ろへ吹き飛ばされたが、これも綺麗に着地する。日南は少し渋るような顔をしたがすぐに元に戻った。そして、こう言った。 「……志乃、怪我したらごめんね」  籠り日の箱が結界のすぐ下にまで上昇する。そして、巨大化した。これを見た先生達は悲鳴を上げて今すぐ中止にする様に訴えたが、なーこ先生は受理しなかった。  箱は細かく分裂して志乃を囲む。そして、全ての箱から光線が放たれた。 ――ドォーン!  白煙が上がる。  興奮しきっていた生徒もハラハラしていた先生達も志乃が無事がどうか心配でならなかった。  白煙の中から人影が見えた。全く無傷の志乃が日南を押し倒し、首に木刀を押し付けていた。 「勝負ありだな」  なーこ先生は満足気な顔で2人に試合終了を告げた。
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