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【第13話】春月の言葉
8月――それは待ちに待った夏休みが始まる月。
志乃は浮かれていた。それはもう盛大に。
それもそのはず、今日は授業がある最後の日。明日は終業式。浮かれない生徒は居ない。
先生が今日は特別な授業があると言っていたのを思い出す。全学年合同の授業だ。何もやるのかは聞いていない。それも楽しみなのである。
志乃は親友達と一緒にるんるんで講堂に向かっていた。志乃達の行く手を阻むように、水無瀬アリスが廊下のど真ん中に立っていた。鏡華が口を開く。
「あらぁ、今日はおひとりなんですの?」
「いえいえ、志乃ちゃんにお願いがあって1人で来ただけですよ」
萌黄にはバチバチという稲妻が見えた。
「志乃ちゃん、私、手を捻ってしまって……講堂にこの荷物を運ばないとダメなのですが、何せ重たくて、持てなくて……志乃ちゃんに運んでもらいたいんです……」
そう言うアリスの腕には湿布が貼られていた。日南はすぐに言い返す。
「それってクラスの男子でもいいよね? なんで志乃なの?」
「こんなことを頼めるまで仲のいい男の子の友達がいなくて……だから鬼である志乃ちゃんにお願いに来たんです。志乃ちゃんなら軽々と運んでくれるんじゃないかと思って……」
「別に全然いいけど?」
「志乃!」
志乃はまたしても分かっていなかった。これが嫌がらせだと言うことを。
「だって、アリスちゃん、腕痛いんでしょ? それじゃあ運べないもんね! いいよ、運ぶよ。私、力仕事は得意なんだ」
アリスは自分の嫌がらせに全く気がついていない志乃に対して、少しイラついたが、笑顔で感謝を述べ、その場を去った。
日南はアリスがいなくなるのを確認すると、はぁという大きなため息をついた。
「志乃はちょっとお人好しすぎ。断ったら良かったのに」
「お人好し通り越して馬鹿ですわね」
「うん、私も馬鹿だと思う」
「……なんでぇ」
日南は見るからに重そうなダンボール箱をみる。
「私が持つよ」
日南がダンボール箱を持ち上げようとした。全く微動だにしなかった。
「日南ちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
志乃がダンボール箱を持った。それはもう軽々と、ひょいと。萌黄が感嘆の表情になる。
「凄ーい、めっちゃ軽々と持つねー! 力持ち!」
「流石、わたくしのライバル!」
「なんであんたが偉そうなのよ」
「私も、夢だけじゃなく、いつか現実で……!」
皆口々に志乃のことを褒めた。最後の茉莉が言ったことだけは理解出来なかったが。
志乃はふにゃと顔を緩めた。
***
講堂に着くと、椅子が並べられており、ちらほらと生徒達が集まっていた。国永先生がやってくる。
「ごめんねー! 重かったでしょ、あとは僕が持つから席に座って待ってて。あ、席は自由席だよ」
志乃が国永先生に荷物を託すと、先生は「重っ!」と叫んでヨタヨタしながら壇上に持っていった。壇上には大きなスクリーンがあった。
続々と生徒が集まる。その中に蒼真と紅賀がいた。2人は志乃にすぐ気付き、手を振る。志乃も手を振り返した。
そして、待ちに待った特別授業が始まった。
コツコツとヒールの音を響かせて、壇上を歩く女性。艶やかな黒い髪をひとつにまとめ、キッチリしたスーツを纏う。切れ長の青色の瞳を真っ直ぐ前に向けて、壇上の真ん中に立った。
「こんにちは。私は宮内庁管轄下焔朝所属の東雲朱理と申します。そこにいる彼は赤燈陽向。私の同僚です」
壇上の端にパソコンを前に手をヒラヒラしている身長の高い男性がいた。赤髪黒目だった。
皆がザワつく。宮内庁の焔朝所属の人間がいるのだからそれは当然であろう。
「皆さんは焔朝がどのような組織か知っていますか? 虚を倒すための組織と考える人が多数ですが、それは目的のための手段でしかありません。焔朝の目的は人間と人外の関係性を保ち、管理する事です」
ぱっとスクリーンに映像が映る。優しそうな青年が映っていた。
「この方は春月天皇陛下です。天皇陛下のご助言で御自身の出身校である天明学園に焔朝、そして日本固有の人外である妖を知ってもらいたいとの事で私達はやってきました」
映像が再生される。
『えー、マイクチェックマイクチェック。え? もう動画始まってるって? うそぉ、恥ずか死じゃん! あっ、痛っ! 風音、お前僕の側近でしょ! あっこら、無言で叩くな!』
いつもテレビで見る厳格な春月天皇の姿はそこには無く、一般人のようにはしゃぎ回る姿があった。それに生徒達は驚いた。焔朝の人達は頭を抱えていた。
『さく……春月天皇陛下がなかなか始めないので、喝を入れました。別に不敬では無いので安心を』
少し緑がかった黒色の髪の男性が代わりに話し出す。
そして、春月が戻ってきた。
『天明学園のみんな! 僕は春月と言う。こっちの生意気なのは僕の護衛兼執事の琴吹風音くんね。僕は天明学園の生徒が美しく、逞しい心と健全な体に育って欲しいと思っている。今の君達には圧倒的に知識が足りない。だから差別意識が生まれる。差別する心は美しくない。皆が楽しい学生生活を送って欲しいんだ。そこで君たちには知識を増やしてもらおうと思う。僕は僕の中の知識が増えるととても嬉しい。賢くなった気がするからね。そんな人はいるんじゃないかな? 人外と人間、この両者の関係を歴史を知って欲しいんだ。という訳で、焔朝の皆ー! 頑張ってねぇ』
そこで動画が終わった。
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