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【第16話】楽しいひととき
半分無理やりプールに入った志乃だったが、志乃は眼鏡のこともすっかり忘れて楽しんだ。
ウォータースライダーに、流れるプールなどなど、とても楽しいと志乃は思った。
「……いくよ?」
「ドンと来い、ですわ!」
そして今に至る。今は水鉄砲を持ち、水の掛け合いをしていた。茉莉と萌黄は観戦に専念している。
さすが両者共に人外。動きが素早く、軽やかである。道行く人も加わり、段々とギャラリーが増える。
志乃は片手で水鉄砲をもち、もう片方の手でくるりとバク転、側転をして攻撃を躱す。
「……ああ、もう! わたくしばかり当てられている感じがしますわ! 志乃の身体能力はハンデですわ!」
「えっと、ごめん……」
そう言って、水鉄砲の打ち合いが終了すると、ギャラリーが拍手と歓声を送った。そんな中、ギャラリーの中から歓声とは別の声が聞こえた。
「青い髪の子も可愛いけどさ、あの子……めちゃくちゃ綺麗じゃね?」
「なんかのモデルかしら?」
「お近づきになりたい……」
こんな声が聞こえてきたのである。萌黄と茉莉は焦って志乃と鏡華のところに急いだ。
「目立ってるー!」
「退散!」
ギャラリーとは別の人混みの中に紛れ、一目散に逃げた。
「きゅ、休憩しましょう、皆さん……」
「「「さ、賛成……」」」
パラソルの下にある椅子に腰掛ける。少し時間が経つと、志乃が口を開いた。
「私、なんか飲み物買ってくるよ! 皆何がいい?」
「わたくし、メロンソーダ……」
「私、オレンジジュース」
「私もそれで……」
皆、人混みのせいでとても疲れていた。
「メロンソーダとオレンジジュース2つね! おっけー! 待っててね、すぐに戻ってくるから!」
そう言って志乃は行ってしまった。
志乃が店に並ぼうとすると、チャラそうな男達が話しかけてきた。
「ねぇ、君1人? 俺らと遊ぼーよ」
「あ……いえ、友達を待たせているので……」
「じゃあ、その友達も一緒に!」
「いえ、結構です。間に合ってます」
「いいじゃん別にさぁ。というか、君めちゃくちゃ可愛いね、名前は?」
「知らない人に教える名前はありません」
「釣れないこと言うなよー」
志乃の肩をがっしりと持って奥の方に連れていこうとする男。周りの人間はそのやり取りを見て、オロオロしていた。だって、その男達は悪い方面で有名な人達だからだ。誰も怖くて、助けられなかった。
「触らないでください」
志乃はそう言うと、男の腕を掴みあげた。
「イデデデデ!」
「おい、お前何すんだよ! あーあ、これは筋痛めちゃったな? 慰謝料払うか、そうだなぁ、体で払ってもらってもいいぜ?」
他の男が志乃の胸を触ろうとする。しかし、志乃はその手を掴み、投げた。
「慰謝料払うんですよね? それじゃあ本当に骨、折らないとなぁ……」
パキポキと関節を鳴らす。志乃は笑顔だった。それはもう綺麗な笑顔。それがとても恐ろしく見えた。
「な、なんだよ、お前! バケモンが! 近寄るな! あっち行けよ!」
男は涙目で訴える。その時だった。
「志乃ー! 大丈夫!?」
茉莉達が来たのだ。鏡華は状況を見て、すぐに何があったかわかった。
「麗しの志乃にナンパでもして、断られたところって感じですわね?」
それを聞いた茉莉と萌黄はクスクスと笑い出す。
「くっ、ふはは……ダサッ」
「自分からナンパしといて、そんなこと言うなんて、ダサすぎですね?」
「な、なんだと、このアマが!」
それを聞いた男達は茉莉達に殴り掛かろうとしたが、それは鏡華の扇子によって防がれてしまった。
「あら失礼。触りたくなかったもので。女の子に手をあげようとするなんて、ゴミ以下ですわね」
「というか、鏡華ちゃん、プールの中まで扇子持ってきてたんだ……」
「これは耐水性の扇子ですわ。オーダーメイド品なんですのよ?」
志乃達がいつも通りのように談笑していると、いつの間にか警備員が来ていた。事情を説明して、男達を連れていってもらう。
「志乃! やはり1人は危ないですわね!」
「私達が見ておかないと……!」
「志乃ちゃんの護衛……ムフフ」
ジュースも無事に入手し、椅子に腰掛けてダラダラと、しかし、志乃の護衛はしっかりと。
志乃にはダラダラしているのに張り詰めた空気なのが気持ち悪かった。ソワソワしている志乃を見兼ねた萌黄は違う話をし始めた。
「このプールの近くに公園があるんだけどね、そこの公園には大きな枝垂れ桜の御神木があるの」
萌黄はまるで物語を紡ぐかのように話す。
「その枝垂れ桜は千年も桜が咲いてないの。だから名前を千年桜という。その千年桜の下で愛を誓い会うと、それは永遠の愛になると言われているの。なんでだと思う?」
志乃、茉莉、鏡華がキョトンとした顔をする。その顔を待っていたかのように萌黄は紡ぐ。
「そこなるは約束の地。千年桜の下での逢瀬の契り。皇鬼様と朧姫様の幾年の約束の地であり、愛を誓い合った聖なる土地」
ごく、と固唾を飲んでその話に聞き入る。
「だからそれにあやかって、恋愛のパワースポットになってるの。それとねあの公園は千年桜以外、桃の木なの」
「? なんでなんですの? 普通は桜でしょうに」
「ふふ、それはね、枝垂れ桜を虚、穢れから守るためなの。桃の木は浄化作用があるの。邪を払う力のある木なの。桃の木は千年桜を中心に円を書くようにして植えられているんだ。だから、春はとっても綺麗なんだよねー。あ、それとね、その公園の名前が『綾月公園』って言うんだけど、これは分かってないんだよね」
萌黄はオレンジジュースを飲み、一息ついた。
「なんで萌黄ちゃんそんなに知ってるの?」
萌黄は志乃の問いにキョトンとする。そして、思い出したかのように言い出した。
「私のお父さん、民俗学者なんだー」
「なるほどねーだからか」
「それは納得ですわね」
「……ねぇ、帰らない?」
志乃の言葉にみんなが驚いた。
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