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【第18話】不思議な少年
その男の子は異質だった。肌は日焼けを知らないように真っ白だったが、その他は全身真っ黒だった。鴉の羽のような髪、ブラックオパールのような瞳。今の時代、着物を着て遊んでいる子供はいないに等しい。なのに、少年は黒い着物を着ていた。
志乃は一瞬でその子が人外だとわかった。声を掛けようとすると、少年が小さな声で呟いたのだ。
「……見つけた」
志乃には何を見つけたのか分からなかった。志乃が不思議そうな顔をすると、少年はぽろぽろと綺麗な涙を零した。志乃は焦る。
「あわわ、あわわ、どうしよ! ……あ、これ、あげるから!」
そう言って少年にアイスの入った袋を半ば強引に手渡すと、急いで手を洗いに行った。
少年は不思議そうな顔をしていた。
志乃は戻ってくると、やらかしてしまったと言う顔をした。
「ご、ごめんね、知らない人から貰う食べ物なんて嫌だよね……!」
袋を渡すように言うと、少年はそれを拒んだ。
「……ほしいの? 大丈夫! 変な物なんて入ってないからね」
少年は袋の中のアイスを取りだして、袋を開けた。すると入っていたのは2人で食べる系のアイスだった。
「恥ずかしい……間違って買ってしまった……」
志乃は顔を隠して悶えた。その様子を見て少年はくすと笑い、志乃に話しかけた。
「一緒に食べようよ、お姉さん」
***
2人は千年桜がよく見えるベンチに座って、アイスを食べた。少し溶けていたが、甘く冷たかった。
志乃はぺろぺろとアイスを食べながらチラリと少年の横顔を見る。それに少年は直ぐに気付き、2人の視線は絡み合った。
(子供なのにどこか大人びていて、不思議な男の子。この子は一体何者なんだろう?)
志乃は考えていることが顔に出やすいタイプである。志乃の顔を見て、少年は口を開いた。
「お、僕の事、気になるの?」
「……へぇっ!」
志乃は心を読まれた気がして、素っ頓狂な声を上げた。少年はふふと嬉しそうに笑った。
「ふふ、お姉さんは面白いな。そうだなぁ、僕の事は綾って呼んでよ。お姉さんの名前は?」
「志乃……朧月志乃です」
「志乃、志乃ねぇ……綺麗な名前だ。あ、アイス食べないと溶けるよ?」
「わ、ほんとだ」
少年、綾は志乃の半分溶けているアイスを見て指摘した。志乃の口では到底溶ける速さに追い付けず、見かねた綾は志乃のてろりと零れそうなアイスを食んだ。
ドキと震える心臓。志乃は不覚にも綾が自分のアイスを食べる姿を見て心が揺らいだ。
長いまつ毛。
頬に影が落ちる。
志乃は自分と綾の周りだけ蝉の声が聞こえなくなった気がした。
そもそも変なのだ。公園の外からは蝉の声が忙しなく聞こえるのに、公園内の蝉は静かな鳴き声だった。
「志乃?」
綾に呼ばれて志乃の意識は引き戻された。
「どうかした?」
「……ううん、大丈夫」
志乃は残りのアイスを食べ終えた。その間、綾は幸せそうな顔で志乃の顔を眺めていた。
「志乃、僕のことどう思う?」
突然の質問に驚く志乃。
「……子供なのに、大人っぽくて、うーん、小さな子供に言うことじゃないけど、ちょっとドキドキしたかも」
「……そっかぁ、そっか。ふふ、嬉しいな」
志乃の率直な感想に綾は満足したように、ベンチから降りた。
「志乃、僕は帰るね。またここで会おう、約束だよ?」
綾は志乃が瞬きをすると、今まで居なかったのように姿を消した。でも、綾と一緒に食べたアイスの袋を見て、確かに今まで一緒に居たということを感じた。
綾を見て、志乃はなんだか懐かしく感じていた。
「……なんか、不思議な子だったな。あ、もう結構いい時間! 帰ろ」
そして志乃は夕日に照らされた道を歩いて帰った。
***
その日の夜、また、夢を見た。
誰かのことを膝枕している夢。とても愛おしいあの人を思いながら、頭を撫でるととても幸せな気持ちになった。
志乃は綾のことを日南達に話した。
でも、何度か友達と綾月公園に足を運んだが、綾には会えなかった。
夏休みが終わる。
新学期が始まる。
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