【第20話】朧姫

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【第20話】朧姫

 シーンと教室が静まり返る。それでも先生は続ける。 「そんな朧姫様はある日、運命的な出会いを果たします。それが皇鬼様との初めての出会いで、お互いに恋に落ちた瞬間ですね。この時、朧姫はお淑やかとは正反対を行く16歳の少女でした。活発で好奇心旺盛。彼女は度々護衛役である蒼と紅の目を掻い潜って1人で都の外の森や花畑に遊びに行っていました。そんなある日、気付けばもう時刻は夕方。朧姫は急いで屋敷に帰ります。しかし夕方は逢魔が時とも呼ばれる時間。魑魅魍魎が跋扈する時間帯です。希少な能力を持つ天津鬼の生き残りである朧姫は当時の妖達の格好の獲物でした。当然追いかけられます。そんな時です、ばっと影から腕が出てきました。それが皇鬼様だったのです。2人は互いに一目惚れし、その後婚約しました。この時、綾月公園にある千年桜の下で愛を誓ったという話です。2人は平和に暮らしていましたが、平安時代永観1年、西暦に直すと983年、人妖の乱が起こります。字のごとく読んで人と妖の大戦です。ここではたくさんの人々と妖が死にました。これに巻き込まれた形で亡くなったのが朧姫です」  志乃は朧姫の話を聞いていたまたしも頭が痛んだ。  ツキン、ツキン、と何かが波打つように。それを知らない古山先生はどんどん続ける。 「皇鬼様は泣いて泣いて悲しみました。ここで、朧姫の最後の言葉を紹介します」    古山先生は黒板にその言葉を書き連ねた。   ――ずっと待ってるから、朧月が私たちを照らした、あの桜の下で    先生はロマンティックですねぇと感心する。クラスメイト達も騒がしい。しかし、志乃だけは違った。  騒がしいはずのクラスメイトの声も、風の音も、何も聞こえなかった。その文字を見るだけで志乃は何かが溢れた。 「皇鬼様はこの言葉を信じて、現代までずっとずっと朧姫様を探しております。ここでのあの桜、というのは千年桜のことを指します。ん? 朧月さん、どうしたんです!?」 「……あ、いえ、なんでも、ないんです……」  古山先生が志乃が涙を流しているのに気付き、志乃の元に駆け寄る。 「感動して泣いちゃったんですかね?」 「ま……そんなところですかね?」 「なんで、朧月さんが疑問形なんですか!?」 「す、すみません……」 「もう! 心配するじゃないですかぁ!」 「すみません……」  古山先生は志乃のことを心配しながらもぷりぷりと怒る。志乃にはそれが可愛らしく見えた。    日南が心配そうに志乃のことを見る。 「志乃……大丈夫? 保健室とか行かなくてもいいの?」 「うん、古山先生の授業聞きたいし、朧姫のこと気になるし……」 「志乃がそこまで言うなら良いけど……」 「心配してくれてありがと」  志乃は黒板の方を向いた。 『ずっと待ってるから、朧月が私たちを照らした、あの桜の下で』  志乃は既視感を覚えていた。どこかで聞いたことがある言葉。でも思い出せない。 「朧姫と皇鬼様の出会いのお話は皇鬼様が仰ったお話を教科書に纏めたものです。あとは由緒正しき平安、いや、それ以上から続く陰陽師の家系の者の手記や、歴史的資料からこの国学の教科書は作られています」  あ、と言い忘れたかのように先生は話し出す。 「人妖の乱は今でも解明されていない謎が多く、戦争がおきた理由も分かっていません。ただ、とても悲惨な戦争だったと言われています。戦場となったのは都、血と穢れの匂いの風が吹き、屋敷は炎に包まれ、まるで地獄のようだったとか。それ以降、我が国では何度も国内の勢力同士の戦はありましたが、種族を巻き込むような大きな戦争はありません」  そう、我が国では妖が表舞台に出てきてからというもの世界では大戦が起きたりしてきたが、日本が巻き込まれることは無かった。いや、妖達が秘密裏に操作していたのだ。面倒事は避けたいからだ。 「朧姫様は小さな子供を守るため身を呈して庇ったと言われています。朧姫様の死に際を知るのは皇鬼様とその側近達だけです」  なんとも優しく、勇敢な方ですね、と先生は余韻に浸る。 「先程、皇鬼様が長い間ずっと朧姫様を探していると話しましたが、未だに1度も見つかっていません。そこで、政府は明治時代に朧の会という組織を設置しました。朧姫を探すための組織です。それ以上は情報がなくてですね……あーもう! 私も知りたいィ!」  先生の奇声のせいで教室の空気が重くなる。古山先生は感情の起伏が激しいと志乃は思った。 「ふふっ……」  どこからか小さな笑い声が聞こえた。他の人は気付いておらず、先生の奇声に気を取られている。志乃は笑い声がどこから聞こえるのか、耳を傾けた。  アリスだった。アリスが腹を抱えて笑いを堪えていた。 「先生も知らないなんて……ふふ」  その笑顔が志乃には不気味に見えた。
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