【間話】朧の会

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【間話】朧の会

 俺は、ずっと朧姫を探していたんだ。平安の世から現代に至るまで、ずっと。  その事を政府の人間が知った。すると人間達は私達もお探し致しますと言って、朧姫の特徴を聞いてきたんだ。人間は信じていなかったが、その時はとても浮かれていて、ポツリポツリと話した。  もう、俺だけでは探せなかったから。俺だけでは見つけられなかったから。    朧の会はそうだな、明治時代ぐらいに作られた。  最初の連絡の時はとても嬉しかった。やっと朧姫に会えると思い、走って迎えに行ったほどだった。  でも、そこに居たのは他人の空似だった。 「お久しぶりです、皇鬼様」  女は長い黒髪で黒目。見た目に関しては転生するのだから前世と同じとは限らない。それでも、魂の形が違った。心惹かれる存在では無かった。    その女はまるで久しぶりに会ったかのように、甘ったるい猫撫で声で俺に詰め寄った。きつい香の匂い。女という事を誇示するような化粧。    朧姫はそんなんじゃない。化粧は最低限のもので、香も仄かな甘い香りがするもの、いや、それは彼女自身の匂いだったのかもしれない。彼女の声は鈴のようにころころとした可愛らしく、その場の空気が軽くなる澄んだ声だった。  俺が絶句していると、その女は胸を押付け、また甘ったるい声で俺の事を呼ぶ。 「皇鬼様……?」  俺は聞いた。もし、こんな女でも俺との思い出を覚えているのなら、朧姫かもしれないから。 「お前は……あの千年桜についてどう思う?」  千年桜は朧姫が死んでからというもの、1度も花が咲くことは無かった。千年桜は枯れかけているが、朧姫と俺との大切な思い出の場所なのだ。  その女は答えた。 「千年桜……嗚呼、あの枯れている桜ですね。私達にとってはかけがえのないものですが、わたくしは満開の桜が見とうございます。皇鬼様、わたくしと新しい桜を植えてくださいますか?」  その回答に俺は怒りを露わにした。  その女は俺の怒りにおののいて、泡を吹いて倒れた。少し離れたところにいた役人の男も小便を垂らして尻もちを着いている。  朧姫なら俺が怒りを露わにしても怖がることなく、優しく抱きしめてくれる。そして、俺の事をあやしてくれる。  朧の会の役人共が駆けつけ、気絶した女と立てなくなっている男を連れて行った。そして、恐らく位の高い役人の男がこう言ったのだ。 「どこが気に入らなかったのですか? 正真正銘、朧姫様の特徴を持つ女でしたでしょう? あの女が何か粗相をしましたのでしたら、然るべき処分を致しますので、どうか教えて頂きたく存じ上げます」  はぁ? 正真正銘、朧姫だと? どこが、どこが似ているのだ。朧姫の逆を行く女では無いか。  役人はへこへこと嫌な笑顔で謝罪する。いや、謝罪はしていない。女ただひとりの失態ということにするのだろう。俺には関係の無いことだが。しかし、ここで人間に恩を売っておくのも手だろう。そこで俺はこう言った。 「女については何も処分は下さなくて良い」  役人共は喜びを隠せない顔である。 「しかし、お前ら朧の会、いや、朧姫の名を許可なく使う組織はもう要らん。お前らに期待した俺が馬鹿だった。消えろ」  役人はその言葉に必死に弁明を繰り返す。 「しかし、皇鬼様のお力だけでは朧姫様を探すのは難しゅうございます。だから、こうして私共が皇鬼様のことを思って、お手伝いをしているのです! 後々困るのは皇鬼様の方ですよ!」  そうだそうだと役人共は口々に騒ぎ出す。 「そもそも、我々は皇鬼様のためを思って国を上げて探しているのです。お怒りになるのはお門違いというものでございます」 「朧姫様が生まれ変わっているかも分からないのに、その特徴に似た女を探すのは難しいのです」 「そもそも朧姫様では無くても良いのでは無いのでしょうか。この世には五万と良い女はいますよ!」 「私共が朧姫様よりも良い女を選出致しましょう」 「それは良い考えだ! そうだ、それが良い。朧姫様を超える女が居れば皇鬼様も本望でしょうに」  口々と侮辱の言葉を並べる。  俺に対する侮辱はいい。分からせればいいから。でも彼女の朧姫の侮辱は許さない。朧姫を超える女? そんなのどうでもいい。朧姫じゃなければ意味が無い。  朧姫が馬鹿でも、愚かでも俺は許そう。彼女がそうしてくれたように。だって朧姫だから。  俺は有能な女に興味がある訳では無い。それを本望だと? 俺の本望は朧姫に会うことだ。  俺は気付けば役人の首を持ち上げ、締めていた。伊万里が止めに入った。    それから幾年が経っただろう。    今でも朧の会は女を朧姫だと言って連れてくる。何でも、自分が朧姫だという女達を集め、所作、賢さ、見た目などで優れた有能な女を選定しているのだとか。  その女がどれだけ美しかろうが、賢こかろうが、家が裕福だろうが、俺はそれに心が揺れることは無い。    生涯でたった1人、朧姫だけにこの心を捧げる。
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