【第24話】少年の助言

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【第24話】少年の助言

 冬休みに入り、志乃は何時も通り夢を見て、起きた。今日は蒼真と紅賀が仕事だったので、家では1人だ。    眠たいのを忘れるために朝からお菓子を作る。パウンドケーキを作ることにした。パウンドケーキは簡単だ。材料を混ぜて、型に入れて、オーブンで焼くだけ。  朝ごはんを食べて、用意をする。ホットケーキミックスと卵と砂糖を混ぜるだけで殆どの準備は終わりである。 「あ、オーブンの予熱……」  予熱の設定をし、少し待つ。ぴーぴーと予熱完了の音がした。型にいれた生地をオーブンの中に投入する。40分ぐらいかかるので、その間志乃は家のことをすることにした。  掃除機をかけて、洗濯機を回す。これも時間がかかるので、暇である。  志乃はソファーに腰かけて、今日の夢のことを思い出した。 (最初は幸せそうな夢なのに、最後は必ず殺される夢……結構痛いんだよね……)  そんなことを悶々と考えていると、パウンドケーキが焼けた音がした。甘くて美味しそうな香りが鼻を通る。  オーブンを開けると強い甘い香りが漂う。串をさして中まで火が通っているか確認すれば完成である。  ラップをして冷蔵庫で冷やす。そうすると生地が落ち着き美味しくなるのだ。  次は洗濯機の完了のメロディが響いた。急いで洗濯物を取り出し、庭にある洗濯竿に干す。  全てやることが完了し、本格的に暇になる志乃。ごろごろとソファーで猫のように寛ぎながらテレビを見る。どのチャンネルもクリスマスムード一色である。正直言って面白くは無かった。 (あ、そういえば、明日クリスマスか……)  こういう事に気付くのみだった。クリスマスはみんな忙しくて、ゆっくり出来ない。蒼真と紅賀はテレビ番組に出ないといけない。確か、歌のクリスマス特番である。母美麗と父優華は仕事が1番忙しいだとかで家には居ない。  志乃は兄達が出るテレビ番組をテレビ越しに見るという楽しみがあった。現地は人が多くて疲れるので断ったのだ。 「でも、ちょっとだけ、寂しいな」  志乃はソファーの上できゅっと縮こまった。そして眠ってしまった。 *** ――さわ、さわ、  気が付けば千年桜の前にいた。志乃の頬に枝が当たる。 ――早く、早く  やはり、声を発していたのは千年桜であった。必要に志乃の事を急かす。   「早くって言われても、誰か分からないんじゃ無理だよ!」 ――あの方はずっとあなた様を待っているのです 「分かんない! わかんないよ……」  また、どこからともなく桜の花弁が舞う。ふわりと、まるで志乃の事を労わるかのように。 ――あの方は貴女の近くにいます。あなたを優しく見守っています 「それって……」  志乃が何かを言いかけた。ぶわりと、桜が海のように押し寄せる。志乃をこの空間から押し出すように。   「待って……!」  そう言う頃にはソファーの上だった。志乃は少しの間ぼーっとしていたが、すぐにある場所に行かなくてはならないと思った。  とっくに時間は1時を超えていて、お昼ごはんはその場所で食べることにした。いそいそとサンドイッチを作って、パウンドケーキを袋に入れる。そして、勢いよく家を出ていった。向かう先は綾月公園である。 ***  やはり、12月、クリスマスイブ。そこら中にカップルがわんさかいる。見ているこちらが吐き気を催しそうなくらい甘い。イチャイチャである。でも、志乃はそんなことは気にしなかった。千年桜の前に行き、問いかけた。 「夢に出てくるのは、あなたなんでしょう?」  無情にも千年桜は風に吹かれてさわさわと揺らめくだけ。周りの人間はおかしな目で志乃を見る。  志乃はその場に蹲って泣いた。千年桜は何も答えてくれないから。人々の笑い声、心配そうな声がざわざわと聞こえる。志乃にはこの空間に自分しかいないような感覚に陥った。 「志乃、大丈夫?」  その空間から救いの手を差し出すかのような声。振り返るとその声は綾の物だった。 「ぐすっ、綾……?」 「うん、綾だよ、久しぶりだね」  綾は黒い瞳を細くして、笑いかけた。 ***  志乃は初めて綾と会った時に座ったベンチに腰掛け、お昼ご飯を食べた。 「……それ、自分で作ったの?」  綾は少し驚いた顔でパウンドケーキを見つめる。そんなにパウンドケーキが珍しかったのかと志乃は思い、提案した。 「……食べる?」 「うん!」  その言葉に綾は目を輝かせて答える。そしてパウンドケーキを食べた。 「美味しい……!」 「ふふ、良かったぁ」  綾はパウンドケーキを食べ終えると、志乃に向き合った。 「なんで、泣いてたの?」 「…………綾に分かるかなぁ」 「分かる。だから言って」 「……夢で出てくる人の事を思い出せなくて、苦しくて。夢にね、千年桜が出てくるの。いっつも私のこと急かして、だから聞いてたの直接」 「……志乃は今は幸せ? 毎日が楽しい?」 「え……?」  綾は少し間を開けて素っ頓狂なことを聞いてきた。志乃は満面の笑みで答える。 「うん、幸せだよ! みんな優しくて、大切な人達なんだ。毎日楽しい!」  志乃のその顔を見て、綾は目を細めた。 「なら、何も心配はないよ」 「どうして?」 「今を精一杯生きればいいんだ。君はそんなことで悩まなくていいよ」 「……綾って、たまに達観してるよね」 「そう?」 「うん、でもね、私の大切な人達の中には綾も入ってるよ! 私は綾の事、大好きだからね!」  志乃は自慢気な顔をする。綾は少し困ったように微笑んで、パウンドケーキの入った袋を掴んだ。 「これは貰っていくよ! 相談料かな」 「あ、待って!」 「ふふ、じゃあね、志乃」  綾はまたそこにいなかったかのように消えてしまった。  残された志乃は少年の言葉を反芻する。 「今を精一杯ね……」  そして、ベンチから降り伸びをした。 「なんか、すっと悩みが晴れた気がする! 帰ろ!」  その日、不思議なことに志乃は夢を見なかった。久しぶりによく眠れた気がした。
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