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【第6話】表の天皇、裏の皇王
日本国には象徴と呼ばれる存在がいる。それが天皇陛下、今代天皇、春月天皇陛下である。政治には関与せず、国事行為だけを行う。
これを聞いて、もう1人、よく似た立場の方がいるということはお気づきだろうか。そう、彼だ。
彼こそが妖の王、人外の王の1人とされている方。皇鬼綾斗様である。彼も政治には一切関与しない、いや、興味を持たなかった。人界のことは人間が管理しろと仰った。
この我が国を代表する2人の象徴は、表の天皇と裏の皇王と呼ばれている。
「……という事だ、何かここまでで質問のある人はいるかな?」
今の授業は国学である。担当はおじいちゃんの先生、古山鷹人先生である。この先生、実はB組の副担任なのだ。
志乃は皇鬼綾斗と聞いて、何かがモヤモヤした。でもなんなのか分からなかった。古山先生は辺りを見渡して、誰も手を挙げていないことを確認した。
「よし、いないなぁ、次行きますよ」
その名の通り表は人間、裏は人外――その中でも日本固有の人外である妖のことを指す。皇鬼様は日本国が江戸時代に開国してからというもの、ずっと皇王の位置に居られる。妖と天皇家は密接に関係しており、妖は日本国が外国に迫られて開国するまでの間、ずっと天皇家に秘匿されてきた。皇鬼様は何世代もの天皇陛下のご親友であり、尊いお方なのだ。そして表舞台に現れた妖達は素晴らしい知識と能力兼ね揃えてきた。開国で荒れていた日本国を纏めあげ、導いた。その時だけ政治に関与したと言われている。その時に作られた法が、人間社会に溶け込んで生活をし、決して人間を怖がらせるような真似はするなというものだった。人間は我ら妖が慈しむ生き物なのだと。
そして人外――いや、日本では妖怪、妖と呼ばれる者の方が多いであろう。そして、彼らは溶け込むように人間に紛れて生活するようになった。人間社会の一部として――
「と、言うわけです。ここまでで質問はありませんか?」
先生はふぅとやり切った顔をした。
1人、手を挙げる者がいた。先生が指名する。水無瀬アリスだった。
「何故、皇鬼様は政治に関心を持たなかったのでしょうか? 政治に関与すれば日本経済をもっとよくまわせたはずです。先生のお考えでもよろしいので、回答お願いします」
先生はこの質問を聞いて、やっぱりなという顔をした。
「これは学者の間でもいつの世も話題となっている話なのですよ。皇鬼様は人間の政治が分からなかった、自信がなかった、と言うような発言をする方もおりますが、それは違うと、私は考えています。これは憶測ですが、皇鬼様は魂の伴侶である朧姫様にしか興味が無いのだと考えています」
志乃は朧姫、という言葉を聞いて頭がズキンと痛くなった。それを我慢して先生の話に耳を傾ける。
「皇鬼様は感情が乏しい方ということで有名です。皇鬼様御自身の話は話したがらないので、分かりませんが、皇鬼様は御自身の魂の伴侶であった朧姫様のことを大層楽しそうにお話します。それ以外のことだと全く興味を持たれません。簡単に言うと朧姫様のことにしか感情が動かされないのだと考えます」
先生は趣味のことを話すかのようにウキウキで話し終わった。アリスは「なるほど、ありがとうございました」と何か納得した感じで着席した。
「後々、朧姫様のことについての授業をしますので、その時また細かな質問をしてください。実は私、ここのお話がとても好きなんですよね」
古山先生が次の話に進もうとした時、ガタンと鈍い音がした。志乃が椅子から倒れたのだ。
「はぁ、はぁ、ハ、頭……割れる、痛い……」
「志乃! 大丈夫? 先生、朧月さん、保健室連れていきますね、いいですよね?」
古山先生は「もちろんです」と焦った様子で了承し、日南は志乃をお姫様抱っこした。その様子に教室の全員が驚いたが、それは無視して、日南は保健室に急いだ。志乃は頭を抱えて痛みに耐えた。
***
「原因が分かんないけど、取り敢えず、痛み止め飲んで、絶対安静だね」
保健室の桐山和子先生がニコニコと優しい笑みを浮かべて言った。
志乃はスースーと、寝息を立てて寝ている。
「籠屋さんは授業あるんだから戻りなさい」
日南はムッという顔をしたが、志乃の頭をそっと撫でると、保健室を出ていった。
***
――落ちる、落ちる、落ちる、
志乃の意識は深い暗い海の底に沈んでいくかのように、水面に映る鮮やかな光から遠のいていった。
「ごめんな、幸せにしてやれなくて。守ってあげられなくて、ごめんな」
誰かが泣いてる。
嗚呼、またあの夢だ。誰だか分からないけど、とても愛おしく感じてしまう。
あなたは誰なの?
場面が変わる。
満開の桜の木。
桜が舞う。
まるで海の波のように、嵐のように、桜は舞う。
息が出来ないほどの桜。
チラリと誰かが居るのが花弁の隙間から分かった。
その人がいると確信した瞬間、桜を運ぶ風はより一層強くなった。私は無意識に手を伸ばす。
「あなたは誰なの? 私はっ、私は、誰……?」
伸ばした手を拒むかのように桜の大嵐は桜の木まで見えなくしてしまった。
意識が遠のく。
「……行かないで!」
志乃はそう叫んで目を覚ました。そこは見覚えのある天井。自宅の志乃の部屋の天井だった。
体を起こし、窓を見ると、あたりは暗く、夜だった。志乃の気も知らないで、月は明るく志乃を照らす。
志乃の頬を生暖かいものが伝う。こぼれ落ちる涙はまるで夜空にちりばめられた星のような輝きを放っていた。
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