【間話】眠りの裏で

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【間話】眠りの裏で

 志乃が倒れた時、蒼真、紅賀はもちろん授業中だった。  その授業が終わると、日南が2年の教室に来ていることに気が付いた。 「蒼真、紅賀! 志乃が、倒れたの!」  日南が血相を変えて、教室に飛び込んだ。  蒼真と紅賀は日南を抱えて廊下を爆走した。途中、教師に注意された気がしたが、気にせず保健室まで走った。  息切れひとつせずに、保健室の戸を開ける。  それに桐山先生が気付き、静かに入ってねと言った。  3人は静かに志乃の側まで行くと手を握った。蒼真が口を開いた。 「先生、このことは秘密にしといてください」 「何するの?」    桐山先生は不思議そうな顔をして聞き返す。 「ちょっと夢の中覗いてきます」 「え、じゃあ術を使うのね! 対価と言ったらなんだけど、術の発動見ててもいいかしら?」 「はい、大丈夫ですよ」  術を発動する日南が答える。桐山先生は子供のような顔で喜んだ。 「じゃあ行くね」  日南はどこからともなく四角い箱を取りだした。 「籠屋の名において、発動を許可する」  日南がそう言うと、四角い箱は掌の上で宙に浮き、カチャカチャと変形し始めた。まるでルービックキューブのように。 「籠り日の箱よ、朧月志乃の夢の中へと我らを誘いたまえ」  箱の動きが止まり、形が確定する。箱は巨大化し、志乃を含めて4人を飲み込んだ。  箱が縮小すると、3人は眠りについていた。箱はくるくると楽しそうに志乃の周りを回る。箱はまるで意志を持っているかのようだった。 ――落ちる、落ちる、落ちる、  その頃3人は深く暗い海の中にいた。 「ここは……」 「嗚呼、日南ちゃんは初めてか。初めてのくせに夢潜り出来るなんて、すごいなぁ」 「ここは夢へ辿り着くための道みたいなものだと思う。蒼真も知ったふうに言ってるけど、ここまでの物は見たことがない。普通はただの道なんだ。志乃はそれ程にまで深く潜り込んでいるんだな」  話していると、場面が変わっていた。 「ここが志乃の夢の中だよ」  蒼真の表情は真剣そのものだった。  紅賀も暗い顔をしている。    そこは地獄そのものだった。  血みどろの屋敷。その屋敷も炎に包まれている。  夢だというのに鼻につく、血の匂い。    その真ん中に木が1本あった。  そこまで大きくもない、普通の木。  その下に男がいた。何かを抱えている。 「……体が動かない」  そう言ったのは紅賀だった。3人はこの男を遠くから見ることしか出来なかった。  屋敷が焼ける音のせいで、何を話しているかは分からない。  瞬きをすると、また場面が変化した。  そこは桜の海だった。息が出来ないほどの桜の欠片。その世界はスローモーションのようにゆっくりと時間が進んでいた。 「志乃!」  日南が叫ぶ。  見ると、志乃が立っていた。必死に手を伸ばして―― 「起きろ!」  蒼真がばっ、と目を開けると母美麗の顔があった。 「なんで、起こしたの」  少し蒼真より早く起きたであろう紅賀は不満そうな顔で父優華に訴えていた。 「全然起きないから保健室の先生が心配して私たちの事を呼んでくれたの」  美麗が代わりに答える。 「授業ぐらいちゃんと受けろ」  優華は蒼真に向かって言った。 「もー、優ちゃんは言葉が足りないんだよー。もう下校予定の時間過ぎてるから心配で来たのよ。志乃が倒れたんでしょ。で、なんでか知らないけど、志乃の夢の中に勝手に入った」  美麗に痛いところを突かれ、蒼真、紅賀は暗い顔になった。 「でもね、お母さんは理由なんて聞かないよ。夢の中に行かなきゃならない理由あったんでしょ、なら良し。それ以上は聞かない。ただ、次からは志乃に断りを入れてからにしなよ。それか事後報告」  美麗はニカッと笑って、志乃をお姫様抱っこした。    日南は先に日南の1番目の兄に連れて帰られたそうだ。 「今日の夜ご飯は何がいいー」 「志乃が体調悪いから、体に優しいものがいい。味噌汁」 「全然いいけど、優ちゃん、味噌汁飲みたいだけでしょ」 「違う」 「もうー! この、照れ屋さんめ」 「父さんは通常運転だね」 「母さんもだろ」  朧月一家は電灯の灯りが等間隔に点いた仄暗い夜道を歩いた。蒼真と紅賀の複雑な気持ちを良い方へと運んでくれるような、そんな綺麗で澄んだ満月だった。  志乃はスースーと寝息をたてて、よく眠っている。  蒼真と紅賀は美麗と優華のやり取りに微笑を浮かべて、こんな日が続けば良いのになと願うのであった。
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