不思議な縁

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不思議な縁

「私たち、別々の場所で暮らすから、ここでさよならだね」  ひどく明るい声で彼女は言った。  僕はそれに対して、やはり笑顔で頷いた。 「私たちに湿っぽい別れは似合わないからね、このまま笑顔でお別れしよ」  そう言って右手を差し出す彼女。  同じように右手を差し出して、固く握手をする。 「元気でね」  僕の声に彼女は今日で一番の笑顔で答えた。  僕と彼女は小学校4年で初めて出会った。  であった時から、性別を超えて妙に馬が合い、常に一緒に行動していた。  それは中学に上がっても変わらず、僕と彼女は友達でいて、悪友だった。  そんな僕たちが付き合う切っ掛けは、中学の卒業式。  進路がバラバラになり、会う機会がなくなるからなのか、信じられないくらいの告白大会が繰り広げられ、その熱に浮かされたのか,何故か僕たちも妙な雰囲気になり……。  そのまま交際するという流れになってしまった。  付き合い始めても、結局僕たちがやる事は何も変わらず、いわゆる恋人らしい行動とは無縁だった。  そして高校2年の夏、彼女の父親の転勤に伴う引っ越しで、僕と彼女は離ればなれになる事が決まり、それを理由に交際は終了したのだった。 ------------------------------------------------------------------- 「だぁっはっはっは、それマジかよ信じられねぇ」  僕の方を無遠慮にバシバシ叩きながら、右手に掲げたジョッキの中身を飲み干して宜弥(たかや)が笑う。  僕は憮然とした表情で、ジョッキのビールをちびちび飲みながら、批難めいた視線だけを宜弥にむける。 「だぁってよ、そんな感動的な別れをしたのに、ぶはは……」  途中まで言いかけて、おかしくて堪らないと宜弥は再び笑い転げる。 「まさか……ねぇ……」 「こうなるなんて、解らないよね」  笑い転げる宜弥を放っておいて、僕は目の前に座っている女子と見つめ合い、苦笑を漏らす。  そう、僕の目の前にはあの日あの時、別れを交わした元恋人である彼女が座っていたのだ。  高校2年の時、遠く九州に引っ越したはずの彼女が、なぜか大学のゼミの新歓コンパに居た。  運命的というか、皮肉というか、この状態に2人とも面食らって何も言えず、しばらくして妙におかしくて笑い始め、その事情の説明を求められて、それを聞いた宜弥が笑い転げたというのが顛末。 「なぁなぁ、お前ら今恋人とか居るの?」  不躾に宜弥が質問してくる。  俺も彼女も,同じタイミングで首を横に振る。 「んじゃあ,付き合おうとか想わないの?引っ越しが原因で別れただけで、不満があったわけじゃナイだろ?それに今付き合っている相手が居ないんなら、ヨリを戻さねぇの?」  純粋な好奇心で聞いただけなのだろう、だけどその言葉に僕も彼女も微妙な笑みを浮かべるしかなかった。 「あっはっは、ねぇ宜弥くん飲み過ぎだよぉ。第一私たちだってついさっきだよ、同じ学校にいるって知ったのは」 「んじゃんじゃ、この先ヨリを戻す可能性もあるんじゃん?そうなのよ」 「ウザ絡みはやめろ、だからそんな事まだ全然考えてないって」  酔いが回ってテンションが、おかしな事になっている宜弥を適当になだめつつ、僕は微妙に話をすり替えて追求を避けた。  それから程なくして、飲み会は終了した。  希望者は二次会に流れていくようだが、僕も彼女もなんとなく疲れてしまったので、一次会で解散組に紛れ込んで居酒屋から離れた。  どちらからともなく並んで歩き始める。  微妙な空気が流れて気まずい思いを感じる。 「さっきの話だけどさぁ」  不意に彼女が口を開いた。  顔は斜め上、空を見上げるような微妙な角度。  視線は真正面に向けたままで僕の方を見ない。 「お互い恋人がいない。別に嫌いあっているわけじゃナイ。普通ならヨリ戻す感じかな」  質問のようで居て、自問のようでもある、そんな微妙な言い方で彼女は話す。 「僕は……無いかな。付き合い始めも卒業式の空気に流されただけみたいなところあったし、付き合っている時も僕たちは友達の頃と何も変わらなかったように想う。きっとその距離感が僕たちには丁度いいんじゃないかな」 「そっか、うんそうだね。なんだかその言葉が一番しっくりくるかも。じゃあ、改めてよろしくね親友」  顔を下ろし漸く視線を僕に向けて、あの日のように満面の笑みを浮かべる彼女。 「あぁ、よろしくな、親友!」  だから僕も、別れたあの日のように満面の笑みで返す。  そんな僕を見て、彼女はいたずらを思いついた時のような笑顔で笑い言葉を続けた。 「でも、私が30になった時、誰も付き合っている人が居なくて,結婚もしていなかったら、もらってくれるよね」  懐かしさなのか、夜の空気に酔ったのか、不意にそんな事を言う彼女。  その言葉に感じるわずかな違和感と、そういう軽口がたたける安堵を感じながら僕も返す。 「その時にならなきゃ返事は出来ないかな。親友に嘘はつきたくないからね」  この先の僕たちの関係がどうなるのかなんて、今の時点では解らないけど、あの時と同じ居心地の良さを感じながら僕は笑った。  
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