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最後のサヨナラ
空からひらひらと一枚の葉が落ちてくる。
もうそんな季節なのかと、妙に感慨深くなり俺は足を止めた。
紅葉は本当は嫌いだ…あの日のことを思い出すから。
紅葉の舞い散る公園で、俺は彼女から別れを切り出された。
理由も聞けず、ただ一言、もう無理だから…とだけ告げられて
俺の2年の恋は終わりを告げた。
高校生になって初めて出来た彼女に俺は夢中だった。
何もかもが新鮮で、何をしても楽しくて、側にいるだけで幸せだった。
本当に彼女のことが好きだった。
告白してきたのは、先に惚れたのは彼女だったけど、付き合っているうちに夢中になっていったのは俺の方だった。
だから別れの事実が辛かった。
本気で、もう二度と恋なんかするものかと思った。
アスファルトの上にうず高く積もった落ち葉を眺めていると、前の方から落ち葉を踏みしめる音が聞こえて、ふと視線を上げる。
「あ…」
「あ…」
不自然なほど、お互いの吐息混じりの声が重なる。
何故ここに…という疑問が湧き上がる。
ここは俺たちが過ごした街じゃないのに。
何故こんな場所で、彼女に遭遇したのか。
「あ…えっと、久しぶり…だね…。」
不自然に視線をそらす彼女。
俺は何も答えられず、彼女の顔から視線を下げた。
そして、見た。
彼女が所在無さげにショールを掴んでいる左手を。
その薬指に輝く指輪を。
「結婚…したんだ…。」
かろうじて絞り出した声。当然といえば当然か。
俺たちが別れてからもう6年の月日が流れているのだから。
「うん…去年ね。職場の人と…。」
彼女は、もう俺が知らない女の顔で微笑んだ。
少し照れたような、今が幸せだというような顔で。
「あの時ね…貴方が浮気をしてるって…そんな噂があったの知ってた?」
「いや、全く。」
「私ね…それを信じちゃった。私の友達もみんな言っていたから信じちゃった。」
「そっか…。」
別れの理由が初めて明かされた。身に覚えのない理由だったことに、悲しみと怒りとそして虚しさが込み上げてきた。
「でも…貴方は別れる時、何も言ってくれなかった。理由も聞いてくれなかった。そして…引き止めてもくれなかった…だから、事実なんだって思った。」
彼女の言葉が虚しく響く。聞こうとしなかったのはどっちだと叫びたくなった。
言い訳を言う暇も、そもそも別れる理由もなにも与えてくれなかったじゃないかと。
そして、立ち去る背中で俺を拒絶していたじゃないかと。
「今は、幸せ?」
だけど俺の口をついて出たセリフは、彼女への文句ではなかった。
かつて大好きだった、そして未だに吹っ切れていない彼女が幸せかどうか。
ただそれだけが気になった。
「………うん…幸せだよ…。」
彼女は俺の目をまっすぐに見て、俺の好きだった微笑みを浮かべそう言った。
あぁ、そうか。あの日に縛られていたのは俺だけで、彼女はもうとっくに自分の人生を歩んでいたんだな。
だから俺も、ここから漸くスタートできるんだな。
「こんどこそ…ほんとに…さよなら…。」
俺は目を伏せて、ゆっくりと歩き始める。
彼女の横を通り、そのまま通り過ぎていく。
「さよなら…」
少しだけ湿り気を帯びた、彼女の声が聞こえた気がした。
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