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長き思いは霧散して
授業が全部終わり、部活で励む生徒達の声が聞こえてくる。
僕は屋上からフェンス越しに、校庭を走る野球部を見ていた。
別に見ている対象が野球部であることに意味はない。
ただ単に、僕の視界に彼らが入ったと言うだけ。
「光輝……なぁに黄昏ちゃってんの」
僕の背中……屋上と階段を繋ぐ扉の辺りから聞き慣れた声がする。
「見ての通りだよ、解らないのかな」
僕は少し不貞腐れた声で、友人の吉川 智春に答えた。
「おうおう、青春してるねぇ。ほれ、これでも飲んで機嫌直せ」
そう言いながら智春は、僕に向かって缶コーヒーをアンダースローで投げてきた。
僕は緩やかな弧を描いて飛んでくるソレを、容易くキャッチすると、智春を見ることもなくプルタブを引き起こした。
カシュッっと心地よい音を立てて、開かれた飲み口から、コーヒーらしい香りが立ち上る。
「幼馴染みと、実は両思いなんて、どこの世界線の話なんだって。ファンタジーも過ぎるだろうが……」
コーヒーを一口すすり、不満げに口にする僕。
缶のコーヒー、それもブレンドなんて、普段は甘く感じるのに、今日のコーヒーはやけに苦く感じた。
それは僕の心情のせいなのだろうか。
僕は幼なじみに恋をしていた。
小学1年の頃からだから、10年越しの恋だった。
幼なじみの滝川結桜は、はっきり言うと飛び抜けて美人でも、学力が優秀でも、運動神経がずば抜けたりもしない。
でも優しくて、どこか春の日差しを思わせる温かな雰囲気をまとっていて、つねに友達に囲まれているような、笑顔が可愛い少女だった。
家が真向かい同士で、同い年の子だから幼稚園からずっと一緒だったのだけど、好きという感覚を自覚したのは小学校に上がった頃だったと思う。
それまでヤンチャで、僕を含めて男友達とどろんこになって遊んでいた結桜が、小学生になって、女の子の友達と一緒に遊ぶようになって、その時に浮かべる笑顔の虜になった。
それからずっと、距離が近すぎる故に言葉にすることが出来ず、つかず離れずの幼なじみの関係に、甘んじていたのだけれど。
きっかけは単純。
結桜が男子に告白されたって話。
それも学校でも女子人気の高い、野球部のエースに。
どうしたら良いかって結桜に相談された僕は、漫画や小説に汚染されてしまっていて、これは本当は僕が好きだから、話を振ってきているんじゃなんて、都合の良い妄想を抱いてしまって、思わず告白したんだ。
「僕はずっと、小学校の頃からずっと、結桜が好きだったんだ。そんな奴じゃなく僕と付き合って」
結桜は予想外と言いたげなきょとんとした顔で僕を見ていた。
長い、長い沈黙。
「ごめん……、私は光輝のこと、世界で一番信用できる人だとおもってる。とても大事な幼なじみで、大切な人だとは思ってる。だけど、ごめん。恋じゃない……。」
それだけ言うと、結桜は僕の目の前から走り去っていった。
それが昨日の夕方のこと。
僕は未だにその傷が癒えていなくて、様子のおかしい僕を気にした智春に根掘り葉掘り聞かれて、今に至る。
「いいんじゃねぇのかな。これでやっと卒業できたんだよ。」
いつの間にか僕の隣まで来ていた智春が、同じように缶コーヒーを一口すすり言う。
【過去のさ、恋にずっと縛られていたお前が、やっと卒業したんだ。憧れなのか恋なのかさえ解らなかったお前の思いからの卒業、だからさ、あたらしい恋を見つけようぜ」
笑顔で俺の肩をたたく。
初恋は実らなかった。だけど僕と結桜の関係は壊れていないし、僕のことをここまで思ってくれる親友がいる。
恋が実らなくて悲しいけど、今でも胸は痛むけど、でも何も失っていない。
ここから僕の青春が始まるんだ。
根拠はないけれど、僕はそう思えた。
いつかきっと素敵な恋をするんだ。
僕は目を上げて、抜けるような青い空にそう誓った。
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