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1
いざや語らん あの日のことを
ともに讃えん 勇者の誉れ
御身庇わず 剣を振るい
討ち果たしたり 穢れし魔物
聖なる炎で すべてを正し
闇の命を 光に還す
千切れし魔物の 骸は天へ
勇者と天馬の 骸は河へ
姫の涙は 朝に夕に
勇者とありし 日々をたどりて
やがて行きつく 祈りの岸辺
まぶたに滲むは 永久の恋
ぱさり、と、枯れ草を踏む音が一歩近づく。ティノは歌うのをやめて顔を上げた。
音がしたほうに目を向けると、落葉した木々の間にひとりの娘が立ちつくして、こちらをじっとみつめていた。
村では見たことがない顔だ。
貧しい少年のように粗末な身なりは、あちこち泥で汚れているが、顔のほうの泥汚れもそれに劣らない。
きっちり編んで頭に巻きつけられた髪には、これも泥にまみれた枯れ葉がからみついている。
ころんだのかな。
でも森を歩き慣れていないような人が、どうしてこんなところにいるのかな……。
みつめかえしていると、娘の大きな茶色の瞳がまたたいた。
涙がこぼれ落ちて、ほろほろと頬を伝った。
☆
歌声にひかれるように、わたしは見ず知らずの森の中を歩いていた。
長かった冬を越え、とけた根雪の下から芽吹いた緑が、やっと目につきはじめた森の中。
視界に広がる世界に春の色彩はまだ少なく、足元には枯れ葉と枯れ枝がしっとりとつもった地面、目の前には寒気をたたえたブナやカエデの太い幹。
はだかの枝々を通しておりてくる日差しは、よそよそしくこわばったままで、暖かさとはほど遠い。
もっとも、そう感じるのは、わたしの心がこわばったままだからかもしれない。
先ほど、雪解けのぬかるみに足をとられて盛大にころんだせいで、ますます自信を失ってしまった。
わたしのようにひとりで歩き慣れない人間が、本当に目的地までたどりつくことができるのか。この方向でまちがいないのか。
夏場とちがって見通しのよい季節の森は、外から見ればいかにも歩きやすそうで、なんとかなるにちがいないという希望を抱かせてくれたのに。
けれど、希望どおりにならなかったといって、そう驚くこともないのだろう。
お城育ちの末姫がひとりで考えつくことといったら、しょせんこんなものなのだ。
自嘲しながらよろよろ歩いていたときに聞こえてきたのが、とぎれそうに細い歌声だった。
かぼそい、けれど透きとおるように澄んだ歌声。そして歌声が紡ぎ出すバラッドの、親しみやすく優美な旋律。
村の子どもだろうか?
このバラッドは都でも聞いたことがある。
吟遊詩人が歌いはじめてからまだ日も浅いはずなのに、もうこんな遠方の村にまで伝わっているなんて。
重くなりがちだった足が自然にはやまり、わたしは声の主を求めて進んでいった。
銀色の幹がつらなるブナの向こうに、ほどなく見出したのは、十歳くらいの少年の後ろ姿だった。
木こりの斧で切り倒された数本の木々が、切り株の椅子をそなえた小さな空間を提供している。
その椅子のひとつに、やせっぽっちの少年が腰をおろして、バラッドを口ずさんでいる。
思わず近づくと足元の草が音をたて、歌い手は唇をとじて振り向いた。
こちらに向けられたその瞳は、猫のような金色だった。
両耳はふつうの人と同じ位置にあるが、とがった先端が長くのびて、ひたいの上あたりの高さに届きそうだ。
この子が──あんなに澄みきった歌声で、たしかな吟遊詩人の音程で、胸の奥まで沁みとおっていくような歌い方で……。
わたしは目を離すことができずにたたずんだ。少年がびっくりしたように立ち上がる。
話しかけてくる声も澄んでいた。
「どうしたの。なんで泣くの?」
「あなたの歌がとてもすてきだったから……」
心底、そう思った。
それを示すためになんとかほほえみをうかべてみせると、彼は金の瞳を大きくみはり、ひどくくすぐったそうな表情になって、もじもじした。
それから、舌足らずの無垢な口調で、急に人なつこくしゃべりはじめた。
「ありがと。でも全然うまくないよ。それに、いまはうんと小さな声で歌ってたし。ほんとはもっともっとおっきな声で歌えるんだ、歩いてる人たちがみんな止まって振り向くくらいの。でもここでそんな声出したらこわいじゃない? 魔物が寄ってきちゃうかもしれないし、あっ、でもね」
そこで、あわてたように自分の両耳に手をあてて、
「ティノはこわい魔物じゃないよ。ちょっとだけ別の血が入ってるみたいだけど、お父さんもそうだしそのまたお父さんもそうだったみたいで、ちゃんと人間なんだ。お姉さん、こういう耳ってこわい?」
「いいえ」
「よかった」
少年は、にっこりした。
「じゃあ続き。えっとティノは、歌いたいときに我慢しないで歌うことが、上手になるこつだって思っててね。吟遊詩人になるなら、おっきな声もちっちゃな声もきれいに出せるようにならなきゃだめだし、いまはとっても歌いたい気分だし、早く上手になりたいし、それで」
「それでわざわざ、こんな森の中で練習を?」
「ううん、まさか。今日はね、丘の途中まで登るつもりでここに来たんだ。お姉さん、知ってる? さっきのバラッドに出てきた剣士さまが実は生きのびていて、この先の丘にいるかもしれないっていう話。もし本当ならすごいよね。バラッドの勇者さまに直接会えるなんて、そんな機会はめったにないこと……」
「連れていって」
いきなりわたしが声をあげたので、ティノはまたもびっくりして、きらきらした目をみはった。
「わたしもいっしょに連れていって。あなたと同じ場所に行きたいの。でも道がわからなくてどうすればいいのか」
「お姉さんが丘を登るの? なんでそんな」
「あなたと同じよ。ラキスに会いたいの。そのために都からここまで旅をしてきたのよ」
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