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そのうち、魚の影はコップから抜け出して壁の染みとして、テーブルの汚れとして出現するようになった。
家以外でその影を見たことはない。
家の中だけ、まるで俺を見守るかのようにすいすいと壁を、机を泳いでいる。大きさはいつの間にか鮫を彷彿とさせるくらい大きくなっていた。
何にも怯えないその大きな影は偉大で、とても格好良かった。娯楽が無いに等しい俺派にとってそれは何よりも魅力的な存在だった。
隣のジジイが癇癪を起こして叫ぶのすら、当時の俺は気にならなくなっていた。
きっと、心が麻痺していたんだと思う。
だから、ある日ジジイが「助けてくれ!」と叫んでも俺は驚くことも、怯えることも泣く、通報もしなかった。それでも、近所の人間か通行人が電話したのだろう。少し遅れてから警察が来た。
俺の所にも警察が来て、少し遅れてから青い顔をした母親がやって来た。
何があったのか聞いても答えてはくれなかったが、母親の表情から察するに相当な事が起きていたのだろう。俺を抱きしめる手が震えていた。
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