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式野の短編集より「海のニオイ」
「海に行った?」
Oさんの彼女が、怪訝そうにそう訊ねることが増えた。
Oさんが住む県に海は無い。それこそ持ちネタとして有名な場所だ。だというのに、彼女はOさんにもう一度同じ言葉を訊ね、そして「正直浮気を疑っている」と告白した。
「海、行ったでしょ」
勿論、Oさんは浮気などしていない。
それどころか、大学費用をかき集めるためバイトの日数を増やし、家には寝に帰るような生活にシフトしたばかりだ。それは彼女も知っているのだろう。だから、その問いかけは少し混乱もあった。
「どうしてそう思うんだよ」
「海のニオイがする」
「海のニオイ? 磯の香りってこと?」
「あと、ちょっと生臭い。忙しいからって、気をつけなよ」
そう言われてしまえば、Oさんは頷くしか無い。そして、問題がまた一つ増えたことに気落ちした。
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