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待合室。
結局、彼女の名をを呼び返すことはなかった。
しかし、記憶力の良い真理。
少なくとも受付の2人と、カフェの店員は覚えた。
あの強烈なキャラ以外は…。
待合室に入り、意外に女性が多いことに驚く。
明治時代までは、女性住職はおろか、婚姻も許されなかった職場。
しかし仏教が、大衆の救済を目指すようになった時、「人々とともに仏道を歩もう」という考えから、日本は独自に仏教を発展させた。
今では、大きな寺で正社員として働く僧侶の場合、有給休暇や育児休暇、産後休暇などの制度が整えられている場合もある。
とは言え、住職となるとまだまだ男女の壁は厚く、10%前後に留まっている。
「おい、あれ…」
「またかよ…警察は何やってんだ?」
待合室にはテレビがあり、ニュースが流れていた。
緊張をほぐす意図か、トレンドに敏感になれとの意図かは不明。
いかにも都会人、って着こなしの男性2人。
お世辞にも、仏教面には見えない。
最近都内で立て続いている、社寺の放火事件について呟いていた。
大学3年の時に、親の伝手で、京都から東京都豊島区にある名門、日本大正大学の仏教学部に転入した真理。
正直まだ東京の土地勘は無い。
従って、都内の事件への反応も弱い。
待つこと30分足らず。
「日下部さん、日下部真理さん」
「はい!」
と、元気に立ったそこへ。
「君はいいから、こっちへおいで」
「えっ?」
あの強烈キャラが、待合室を抜けながら呼んだ。
冷やかな視線が彼女に注がれる。
「何だあのチャラい奴?」
「メイドカフェの店員か?」
その声に立ち止まった彼女。
「今、チャラいとかメイドとか抜かした男子2人、もう帰ってよし」
「な…何だと⁉️」
当然ながら、熱り立つ2人。
しかし…
「塚口孝明さん、徳間俊一さん。荷物を持って、お帰りください」
笑顔で呼び出し係の彼女が告げる。
その後ろからは、屈強そうな男性が2人現れた。
厳しいとは聞いていた天台宗務庁、東京支部。
納得いかない面持ちで、仕方なく去る2人。
「ちょっと待ってくださいまし。私は次に面接なのですけれど…私もだめなんでしょうか?」
焦りで、敬語とイントネーションがぐちゃぐちゃ。
そんな真理に、変わらない笑顔で告げる。
「日下部真理さんは、面接の必要はございません。あの奥の部屋へお入り下さい」
(この彼女…24時間営業の笑顔か?)
言われて奥の部屋を見る。
「しゃ…社長室❗️」…性分である。
すると。
そのドアが開いた。
「忙しいから、気が変わらぬ内に早く来い」
リボン1つと顔が半分覗いた。
(社長の娘か?)
その必死の納得を、後ろからの声が砕く。
「娘じゃねぇ、レーヤはここの社長だぜ」
振り返ると、長身の美…男がいた。
トンッ、と軽く背中を押された感覚だったが、思いの外勢いが良く、危なく転ぶところであった。
「おっと、話が違うな。悪ィ悪ィ、避けるかと思ってな。とにかく、俺も急用があるから、さっさと入れ」
(自分には…使えないのか)
ドアを開けながら、悟るレーヤ。
「入れ」
理解が追いつかないまま、社長室へと入る真理。
ふと見ると、いつの間にか彼女は座っている。
レトロチックな社長机と椅子。
それとは真逆の近代的な室装。
最先端の機器や多数のモニターが、周りに配備され、別の2人が操作している。
床から天井まである窓。
都内を見渡していた椅子がこちらを向いた。
「私が社長の、華僑林 麗夜。レーヤと呼んでくれ」
「ほ…ほんっ…とに、社長⁉️」
「性分か…許せレーヤ。コイツに悪気はねぇ」
「分かってるわよ。真理、彼は側近の辻桐 宗馬。一応…人の考えてることが分かる」
「だからさっき! 読心術…ですか?」
「バカ、読めるとは言ってねぇだろ? 分かるだけだ。真理は…分かり易いしな。それから、言葉には気を付けろ。正確に聞いて、間違わずに言え。一文字違えたら、生死に関わることもあるからな」
「あ…はい。すいま…いえ💦、すみません」
「宗馬、そんなに脅かすんじゃないわ。真理、君の内定は私が認めた。今日は直々にそれを伝えたかっただけだ。詳細は彼女から聞いて、今日は帰っていいわよ。さっさと卒業しといで」
「もう、レーヤ様ったら。理事長からも連絡ありましたわ。貴女もたまには顔出しなさいって」
「仕方ないでしょ! あの頑固親父が、本山に戻るって言って、任されたんだから」
「えっ? レーヤ社長も、まさか学生?」
「申し遅れました。私は秘書の不知火 瑠奈です。レーヤも真理さんと同じ4年生ですわ」
1年と少しいて、一度も見ていなかった真理。
(そっか! さすがに大学では、普通の…)
「いいや、レーヤはいつもこのまんまだ。そもそも、社長椅子でこれだぜ。大学より変だろ?」
「確かに…って、そんな分かり易いですか私💧」
うなずく3人。
傷付く1人。
「しかし、高そうなスーツね? 瑠奈、経費で…」
「無理です❗️」
(早っ!)
「レーヤ様のファッションに、どれだけ使ってると思ってございますか⁉️」
「…すみません。ごめん真理! 無理みたい」
宗馬が、目で合図を送る。
それを目で返すレーヤ。
それを感じた真理。
「大丈夫です、これくらい。邪魔になるので、退散します。内定、ありがとうございました!」
「では、真理さん。別の部屋で少しお話を」
気になることはあった。
しかし、今問う時ではない。
瑠奈に連れられて出て行く。
「レーヤ、例の付け火の件だが…」
閉まり際に、少し聞こえた。
記憶を巡らす真理。
(今日の火事は、大田区の熊野山高輪院安泰寺。その前は、昭和島拝島山の普明寺に、稲城市の神王山観音院妙見寺…そっか!)
全て、天台宗務庁東京支部の管理下にある、天台宗派の寺院だと気付いたのである。
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