【壱】出逢い

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待合室。 結局、彼女の名をを呼び返すことはなかった。 しかし、記憶力の良い真理。 少なくとも受付の2人と、カフェの店員は覚えた。 あの強烈なキャラ以外は…。 待合室に入り、意外に女性が多いことに驚く。 明治時代までは、女性住職はおろか、婚姻も許されなかった職場。 しかし仏教が、大衆の救済を目指すようになった時、「人々とともに仏道を歩もう」という考えから、日本は独自に仏教を発展させた。 今では、大きな寺で正社員として働く僧侶の場合、有給休暇や育児休暇、産後休暇などの制度が整えられている場合もある。 とは言え、住職となるとまだまだ男女の壁は厚く、10%前後に留まっている。 「おい、あれ…」 「またかよ…警察は何やってんだ?」 待合室にはテレビがあり、ニュースが流れていた。 緊張をほぐす意図か、トレンドに敏感になれとの意図かは不明。 いかにも都会人、って着こなしの男性2人。 お世辞にも、仏教(づら)には見えない。 最近都内で立て続いている、社寺の放火事件について呟いていた。 大学3年の時に、親の伝手(つて)で、京都から東京都豊島区にある名門、日本大正大学の仏教学部に転入した真理。 正直まだ東京の土地勘は無い。 従って、都内の事件への反応も弱い。 待つこと30分足らず。 「日下部さん、日下部真理さん」 「はい!」 と、元気に立ったそこへ。 「君はいいから、こっちへおいで」 「えっ?」 あの強烈キャラが、待合室を抜けながら呼んだ。 冷やかな視線が彼女に注がれる。 「何だあのチャラい奴?」 「メイドカフェの店員か?」 その声に立ち止まった彼女。 「今、チャラいとかメイドとか抜かした男子2人、もう帰ってよし」 「な…何だと⁉️」 当然ながら、(いき)り立つ2人。 しかし… 「塚口孝明さん、徳間俊一さん。荷物を持って、お帰りください」 笑顔で呼び出し係の彼女が告げる。 その後ろからは、屈強そうな男性が2人現れた。 厳しいとは聞いていた天台宗務庁、東京支部。 納得いかない面持ちで、仕方なく去る2人。 「ちょっと待ってくださいまし。私は次に面接なのですけれど…私もだめなんでしょうか?」 焦りで、敬語とイントネーションがぐちゃぐちゃ。 そんな真理に、変わらない笑顔で告げる。 「日下部真理さんは、面接の必要はございません。あの奥の部屋へお入り下さい」 (この彼女…24時間営業の笑顔か?) 言われて奥の部屋を見る。 「しゃ…社長室❗️」…性分である。 すると。 そのドアが開いた。 「忙しいから、気が変わらぬ内に早く来い」 リボン1つと顔が半分覗いた。 (社長の娘か?) その必死の納得を、後ろからの声が砕く。 「娘じゃねぇ、レーヤはここの社長だぜ」 振り返ると、長身の美…男がいた。 トンッ、と軽く背中を押された感覚だったが、思いの(ほか)勢いが良く、危なく転ぶところであった。 「おっと、話が違うな。悪ィ悪ィ、避けるかと思ってな。とにかく、俺も急用があるから、さっさと入れ」 (自分には…使えないのか) ドアを開けながら、悟るレーヤ。 「入れ」 理解が追いつかないまま、社長室へと入る真理。 ふと見ると、いつの間にか彼女は座っている。 レトロチックな社長机と椅子。 それとは真逆の近代的な室装。 最先端の機器や多数のモニターが、周りに配備され、別の2人が操作している。 床から天井まである窓。 都内を見渡していた椅子がこちらを向いた。 「私が社長の、華僑林(かきょうりん) 麗夜(れいや)。レーヤと呼んでくれ」 「ほ…ほんっ…とに、社長⁉️」 「性分か…許せレーヤ。コイツに悪気はねぇ」 「分かってるわよ。真理、彼は側近の辻桐(つじきり) 宗馬(しゅうま)。一応…人の考えてることが分かる」 「だからさっき! 読心術…ですか?」 「バカ、読めるとは言ってねぇだろ? 分かるだけだ。真理は…分かり易いしな。それから、言葉には気を付けろ。正確に聞いて、間違わずに言え。一文字(たが)えたら、生死に関わることもあるからな」 「あ…はい。すいま…いえ💦、すみません」 「宗馬、そんなに脅かすんじゃないわ。真理、君の内定は私が認めた。今日は直々にそれを伝えたかっただけだ。詳細は彼女から聞いて、今日は帰っていいわよ。さっさと卒業しといで」 「もう、レーヤ様ったら。理事長からも連絡ありましたわ。貴女もたまには顔出しなさいって」 「仕方ないでしょ! あの頑固親父が、本山(やま)に戻るって言って、任されたんだから」 「えっ? レーヤ社長も、まさか学生?」 「申し遅れました。(わたくし)は秘書の不知火(しらぬい) 瑠奈(るな)です。レーヤも真理さんと同じ4年生ですわ」 1年と少しいて、一度も見ていなかった真理。 (そっか! さすがに大学では、普通の…) 「いいや、レーヤはいつもこのまんまだ。そもそも、社長椅子でこれだぜ。大学より変だろ?」 「確かに…って、そんな分かり易いですか私💧」 うなずく3人。 傷付く1人。 「しかし、高そうなスーツね? 瑠奈、経費で…」 「無理です❗️」 (早っ!) 「レーヤ様のファッションに、どれだけ使ってると思ってございますか⁉️」 「…すみません。ごめん真理! 無理みたい」 宗馬が、目で合図を送る。 それを目で返すレーヤ。 それを感じた真理。 「大丈夫です、これくらい。邪魔になるので、退散します。内定、ありがとうございました!」 「では、真理さん。別の部屋で少しお話を」 気になることはあった。 しかし、今問う時ではない。 瑠奈に連れられて出て行く。 「レーヤ、例の付け火の件だが…」 閉まり(ぎわ)に、少し聞こえた。 記憶を巡らす真理。 (今日の火事は、大田区の熊野山高輪院安泰寺。その前は、昭和島拝島山の普明寺に、稲城市の神王山観音院妙見寺…そっか!) 全て、天台宗務庁東京支部の管理下にある、天台宗派の寺院だと気付いたのである。
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