【壱】出逢い

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社長室。 神妙な面持ちで暫し考え込むレーヤ。 「安泰寺、普明寺、妙見寺か…。まぁ、全員無事だったのは幸いとしても。やはり敵は、真言宗派と考えて間違いないかな」 「座主(ざす)菅原(すがわら)大僧正(だいそうじょう)が他界し、久我山(くがやま) 宗守(むねもり)ってのがその座に着いてから、東密の動きがおかしい」 東密とは、真言宗に伝わる密教のこと。 天台宗密教の台密と、古来から対立関係にある。 密教をインドから日本に広めたのは、真言宗の開祖・空海と、天台宗の開祖・最澄(さいちょう)。 それに、法然(ほうねん)が開山した浄土宗と、法然の弟子であった親鸞(しんらん)の浄土真宗が相見(あいまみ)え、戦乱の歴史を重ねながら今に至る。 「今や宗戦(まつり)の地は京にあらず、この東京を収めるが主の(あかし)。レーヤよ、誰が味方で敵か、見極めるべき時は近いぜ」 「まぁちょっと待て。この現代に於いて、(いくさ)など時代外れも(はなは)だしい。東密も、高野山や東寺(あずまじ)、善通寺などから成る古義派と、豊山(ぶざん)智山(ちざん)の新義派に分かれたままよ。真の敵とその思惑を探り、和解の道へ導くのが私の流儀」 「流儀…か。なるほど、レーヤに椅子を預けた理由はそれだな。図らずも、天台座主(てんだいざす)の地位にいるお前のオヤジ、天膳(てんぜん)なら、黙って見過ごす訳にはいかねぇからな」 「全く…こうなることは分かっていて、面倒は私に任せたってことね」 「お前を試しているってことだ。それで、どうする? 敵の挑発だとしても、拠点を3つやられて、黙って見過すお前じゃねぇよな?」 「一言で和解と言っても…そのやり方は色々ある。既に手は打ってるわ。火災調査官の話じゃ、宗馬の言う通り『付け火』。そして、火元が分からないとなれば…」 「炎魔(えんま)の仕業か…真宗は天膳側についたってことだな」 「阿弥陀仏の救いを信じ、自分の罪を自覚した悪人こそが救われる教え。当然と言うより必然」 「他力本願、悪人正機。浄土真宗の開祖、親鸞(しんらん)による『南無阿弥陀仏』の曲がった解釈。てことは…」 「往相回向(おうそうえこう)還相回向(げんそうえこう)。奴ら自らが信じる通り、浄土宗はこちらに付く」 「阿弥陀(あみだ)の念仏を唱えれば、皆が極楽浄土に往生できる。全く、法然(ほうねん)親鸞(しんらん)の師弟相違の教えは、現代(いま)の世でも変わらねぇとは、大したものだ」 その会話の最中。 レーヤの携帯から『運命』が鳴り響いた。 「ゴスロリに、交響曲第5番。レーヤ、お前の頭ん中はどうなってんだ💧」 「頭の中くらい好きにさせろ💦」 一つボヤいて、電話に出るレーヤ。 この曲の相手は分かっている。 「蒼樹(そうじゅ)、珍しいわね?」 レーヤの父、天台座主(てんだいざす) 華僑林(かきょうりん) 天膳(てんぜん)の弟、華僑林 蒼樹(そうじゅ)である。 「レーヤ様、少々面倒な客がいてね…」 (おっと、関わらぬが身のため) その名を聞いて、出て行く宗馬(しゅうま)。 気にはせず、窓へと椅子を回し、東京を眺めながらいつものレーヤに戻る。 「分かったわ。じゃあ、今夜()(こく)に伺う」 そう言って電話を切る。 軽く片頬が笑った。
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