【弐】異能

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【弐】異能

豊島区の大学から徒歩3分。 都営地下鉄三田線の西巣鴨駅から北へ3駅目。 板橋本町。 5階建てアパートの5階の西の端。 憧れていた、都会の一人暮らし。 面倒な早朝のお勤めも、口やかましい母もいない。 寺の朝は早い。 京都府東山区、浄土宗総本山の知恩院。 詳名は、華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざん ちおんきょういん おおたにでら)と言い、法然(ほうねん)が開山し、本尊は阿弥陀如来である。 住職の浄土門主(もんす)日下部(くさかべ) 法成(ほうじょう)は、浄土宗当主であり、真理の父であった。 厳しい父ではあるが、それも仏教家の宿命。 人々には頼られ、その信頼は厚い。 自分を転入させた意図は分かっていた。 真言宗の怪しい動きに、天台宗と手を組む狙いあってのこと。 その父の目論見(もくろみ)通り、何故かすんなりと、その宗庁へ入ることになった。 (()(こく)って…あのゴスロリファッションで、いつの時代に生きているのやら) と、呆れながらもスマホで確認した。 「夜の10時っ⁉️」 思わず独り言で驚く。 確かに今夜とは言っていた。 が、まぁ…7時頃かと思っていた。 そんな時間から付き合わせる目的。 レーヤに限って、間違っても楽しみは抱けず、不吉を軽く超えて、危険なものを感じる真理。 (全く何だって言うのよ?) 試しに、あの秘書の携帯に掛けてみた。 「誰だ、お前?」 まさかの男声(だんせい)。 ……男💦 「それはこっちのセリフよ! それに出るの早過ぎよ! 呼び出し音鳴りました?」 「何だ、今朝のお前か。悪ィな、俺の反射神経は、半端なく早いんで」 何気に自慢している。 「そんなことに使います? その能力💧」 あのイケメン? 辻桐(つじきり) 宗馬(しゅうま)である。 「仕方ねぇだろ。しかし瑠奈の奴、また間違えやがったな。まぁいいか…ついでに登録し直しといてくれ。それから、瑠奈の番号は最後が7《シチ》だ」 「多分…私が、間違えたのね」 「中国語では「(しち)」を『(チー)』と発音する。日本に漢字が伝わって、『シチ』の読みが広まり、宗教界ではそう読むことが多い」 「なるほど。さすが、言葉に詳しいですね」 「俺の習性ってやつだ。ついでに言うと、日本人は器用でな。例えば数える時。一から上へ数える時は(しち)。10から下へ数える時は(ナナ)。無意識に読み易い方を選ぶ」 頭の中で数える真理。 「ほんとですね! 気が付かなかったわ」 「今朝言った通り、一文字違いで、大きく(たが)えるいい例だな。おっと、そんなこと話してる場合じゃねぇんだ💦。とにかく、迎えを待て」 電話が切られた。 不思議な人だと、改めて思う真理であった。 (雑学博士か?) シャワー浴びて、待つこと2時間チョイ。 そしてその…お迎えは、予想外に現れた。 (ん?) 窓をコンコン小突く音。 シャッと、カーテンを開けた真理。 「うわぁああ❗️」 「うわっ💦」 窓の外に彼女がいた。 (な…何なのよ?) とりあえず、窓を開ける。 「急にカーテン開けて大声出さないでよ! 落っこちたらどうすんの💦」 「そりゃ、ビックリもするわよ! ここ5階よ?」 窓枠に腰を下ろし、片膝をつく。 …何気にカッコいい。 「多分…ですけど…迎えの方ですよね?」 「あぁ、レーヤに(つか)える望奈萠(みなも) 柊羅(ひいら)だ。ヒーラと呼んでくれ」 「じゃあ…聞くけど、ヒーラさん。まさかここまで、壁を登って来たのかな?」 「バカか? エレベーターって言う便利な乗り物があるでしょ? わざわざ壁を登る奴がいるか?」 「の…乗り物って💧…えっ? なら何でなのよ?」 窓から来る説明には、なっていない。 「一番上の西の端って聞いてたからな。エレベーターの一番上のボタン押して、出たら屋上だったわけよ。分かる?」 「はい? まぁ…確かにここはベランダがなくて、その代わりに、屋上が物干場になってるから、エレベーターがそこまで行くけど」 「でしょ? 念の為に西の端を隈なく探したけど、居るわけないわよね」 「当たり前じゃないの!」 (どんな探し方したのよ…) 「エレベーターは降りてっちゃうし、仕方ないから、手摺りにワイヤー引っ掛けて、上から降りて来たってわけよ。どう、理に(かな)ってるでしょ?」 「はぁ…確かに。いや…でもね、普通は…」 「まぁまぁ細かいことはいいわ。遅れたら殺されちゃうから、行くわよ。はい」 そう言って背中を向けるヒーラ。 勿論その意図することは分かる。 「私は…エレベーターか階段で降りるから💦」 「遅れたらお前のせいよ? いいから早く! 玄関の鍵もかけたままでいいし、一石二鳥でしょ?」 ことわざの使い方。 自信はないが、何か違っていると思う真理。 高い所は苦手ではない。 むしろ高い程に見渡せて好きだった。 「早く!」 仕方なく、ヒーラの背中、両肩の上から手を回す。 ムニュッとした手応え。 「アッ💓…って、こら💦 掴むな揉むな❗️」 「ご、ごめんなさい💦」 (揉んではいないけど…意外に大きい) 「タンッ!」 壁を蹴る間際に、片足で窓を蹴り閉める。 そのまま一気に腰のワイヤーを緩めて降下し、地面から僅か手前で引き止め、着地した。 手元でワイヤーを一瞬緩めて波打たせ、器用にフックを外し、自動で巻き取る。 「あ! 私は靴がないし、窓の鍵開いたままだわ」 「靴なんて要らないわ。それに大丈夫よ、5階の窓から侵入する奴なんかいないでしょ?」 (ここにいますけど…💧) 背負われたまま、停めてあったバイクに跨る。 真理も渡されたヘルメットを被った。 「シッカリしがみ付いててよ」 言われるままに腰に手を回す。 クンッ! と静かに加速する電動バイク。 (ゴスロリに雑学博士。次は忍び?) 個性あり過ぎる面々に、現実感が追い付かない。 こうして、真理としては初の戦場へと向かった。 行き先は、天台宗関東総本山の冥奉寺(めいほうじ)。 疾走するバイクの後ろ。 一体そこで何が待つのか? を心配するより、無事に着けるか心配であった。
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