117人が本棚に入れています
本棚に追加
【弐】異能
豊島区の大学から徒歩3分。
都営地下鉄三田線の西巣鴨駅から北へ3駅目。
板橋本町。
5階建てアパートの5階の西の端。
憧れていた、都会の一人暮らし。
面倒な早朝のお勤めも、口やかましい母もいない。
寺の朝は早い。
京都府東山区、浄土宗総本山の知恩院。
詳名は、華頂山知恩教院大谷寺と言い、法然が開山し、本尊は阿弥陀如来である。
住職の浄土門主、日下部 法成は、浄土宗当主であり、真理の父であった。
厳しい父ではあるが、それも仏教家の宿命。
人々には頼られ、その信頼は厚い。
自分を転入させた意図は分かっていた。
真言宗の怪しい動きに、天台宗と手を組む狙いあってのこと。
その父の目論見通り、何故かすんなりと、その宗庁へ入ることになった。
(亥の刻って…あのゴスロリファッションで、いつの時代に生きているのやら)
と、呆れながらもスマホで確認した。
「夜の10時っ⁉️」
思わず独り言で驚く。
確かに今夜とは言っていた。
が、まぁ…7時頃かと思っていた。
そんな時間から付き合わせる目的。
レーヤに限って、間違っても楽しみは抱けず、不吉を軽く超えて、危険なものを感じる真理。
(全く何だって言うのよ?)
試しに、あの秘書の携帯に掛けてみた。
「誰だ、お前?」
まさかの男声。
……男💦
「それはこっちのセリフよ! それに出るの早過ぎよ! 呼び出し音鳴りました?」
「何だ、今朝のお前か。悪ィな、俺の反射神経は、半端なく早いんで」
何気に自慢している。
「そんなことに使います? その能力💧」
あのイケメン? 辻桐 宗馬である。
「仕方ねぇだろ。しかし瑠奈の奴、また間違えやがったな。まぁいいか…ついでに登録し直しといてくれ。それから、瑠奈の番号は最後が7《シチ》だ」
「多分…私が、間違えたのね」
「中国語では「七」を『qī』と発音する。日本に漢字が伝わって、『シチ』の読みが広まり、宗教界ではそう読むことが多い」
「なるほど。さすが、言葉に詳しいですね」
「俺の習性ってやつだ。ついでに言うと、日本人は器用でな。例えば数える時。一から上へ数える時は七。10から下へ数える時は7。無意識に読み易い方を選ぶ」
頭の中で数える真理。
「ほんとですね! 気が付かなかったわ」
「今朝言った通り、一文字違いで、大きく違えるいい例だな。おっと、そんなこと話してる場合じゃねぇんだ💦。とにかく、迎えを待て」
電話が切られた。
不思議な人だと、改めて思う真理であった。
(雑学博士か?)
シャワー浴びて、待つこと2時間チョイ。
そしてその…お迎えは、予想外に現れた。
(ん?)
窓をコンコン小突く音。
シャッと、カーテンを開けた真理。
「うわぁああ❗️」
「うわっ💦」
窓の外に彼女がいた。
(な…何なのよ?)
とりあえず、窓を開ける。
「急にカーテン開けて大声出さないでよ! 落っこちたらどうすんの💦」
「そりゃ、ビックリもするわよ! ここ5階よ?」
窓枠に腰を下ろし、片膝をつく。
…何気にカッコいい。
「多分…ですけど…迎えの方ですよね?」
「あぁ、レーヤに仕える望奈萠 柊羅だ。ヒーラと呼んでくれ」
「じゃあ…聞くけど、ヒーラさん。まさかここまで、壁を登って来たのかな?」
「バカか? エレベーターって言う便利な乗り物があるでしょ? わざわざ壁を登る奴がいるか?」
「の…乗り物って💧…えっ? なら何でなのよ?」
窓から来る説明には、なっていない。
「一番上の西の端って聞いてたからな。エレベーターの一番上のボタン押して、出たら屋上だったわけよ。分かる?」
「はい? まぁ…確かにここはベランダがなくて、その代わりに、屋上が物干場になってるから、エレベーターがそこまで行くけど」
「でしょ? 念の為に西の端を隈なく探したけど、居るわけないわよね」
「当たり前じゃないの!」
(どんな探し方したのよ…)
「エレベーターは降りてっちゃうし、仕方ないから、手摺りにワイヤー引っ掛けて、上から降りて来たってわけよ。どう、理に適ってるでしょ?」
「はぁ…確かに。いや…でもね、普通は…」
「まぁまぁ細かいことはいいわ。遅れたら殺されちゃうから、行くわよ。はい」
そう言って背中を向けるヒーラ。
勿論その意図することは分かる。
「私は…エレベーターか階段で降りるから💦」
「遅れたらお前のせいよ? いいから早く! 玄関の鍵もかけたままでいいし、一石二鳥でしょ?」
ことわざの使い方。
自信はないが、何か違っていると思う真理。
高い所は苦手ではない。
むしろ高い程に見渡せて好きだった。
「早く!」
仕方なく、ヒーラの背中、両肩の上から手を回す。
ムニュッとした手応え。
「アッ💓…って、こら💦 掴むな揉むな❗️」
「ご、ごめんなさい💦」
(揉んではいないけど…意外に大きい)
「タンッ!」
壁を蹴る間際に、片足で窓を蹴り閉める。
そのまま一気に腰のワイヤーを緩めて降下し、地面から僅か手前で引き止め、着地した。
手元でワイヤーを一瞬緩めて波打たせ、器用にフックを外し、自動で巻き取る。
「あ! 私は靴がないし、窓の鍵開いたままだわ」
「靴なんて要らないわ。それに大丈夫よ、5階の窓から侵入する奴なんかいないでしょ?」
(ここにいますけど…💧)
背負われたまま、停めてあったバイクに跨る。
真理も渡されたヘルメットを被った。
「シッカリしがみ付いててよ」
言われるままに腰に手を回す。
クンッ! と静かに加速する電動バイク。
(ゴスロリに雑学博士。次は忍び?)
個性あり過ぎる面々に、現実感が追い付かない。
こうして、真理としては初の戦場へと向かった。
行き先は、天台宗関東総本山の冥奉寺。
疾走するバイクの後ろ。
一体そこで何が待つのか?
を心配するより、無事に着けるか心配であった。
最初のコメントを投稿しよう!