【壱】出逢い

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【壱】出逢い

東京の夏。 天の恵みの光。 それが不自然な地表に反射し、大気の熱を増す。 新宿駅を出た瞬間。 その自然と文明が成すエネルギーを感じる。 「暑いわね〜ホント」 リクルートスーツの黒。 『涼感』と言うフレーズが、恨めしく思えた。 日下部(くさかべ) 真理(まり)。 成り行きに(こだわ)る訳もなく、この道に身を委ねた。 宗教法人 天台宗務庁、東京支部。 見上げると、黒光りする高層ビルに目眩を覚えた。 (まだ少し早いか) 無限に透明な自動ドアが開く。 大気の流れに、吸い込まれる様に歩み入る真里。 「ふわぁ〜天国やわぁ〜!」 つい漏らした言葉。 受付嬢の2人が微笑む。 「いらっしゃいませ。面接…ですね?」 いかにも、と言うスーツを眺めるのが分かった。 その1人がカウンターを出て来る。 「まだ時間がありますので、これで冷たいものでも飲んで、お待ちください」 ロビー右手にある、洒落たカフェを掌で示す。 その無料チケットであった。 「えっ…良いのですか?」 その言葉とアクセントに、また笑顔。 「良いのですよ、どうぞ」 合わせられると少し恥ずい💦 「おおき…あっ…ありがとうございます」 3度目の優し気な笑顔を見せ、カウンターへ戻る。 気を付けてはいるが、京都の文化は強し。 メイド姿のウェイトレスが、席へ案内してくれた。 かつて流行った様な、派手な衣装ではない。 「何だかレトロで、落ち着く店ですね」 「ありがとうございます。(あるじ)のご趣味でして、気に入って貰えると嬉しいです」 社長と呼ばないのも、何だかイイ。 「もしかして…メロンクリームソーダとか?」 バカにした様に聞こえたかな? と、一瞬後悔しかけた時。 「あるよ」 何処かで聞いたセリフ。 それが、店の奥から即答された。 「えっ?」(マジ…💧) 現れた彼女に、目が点になった。 大きなリボンで、左右に束ねられた金髪🎀。 毛先のピンクが、鮮やかさを添える。 (ゴス…ロリ?) 思わず、やはりそう言う店か?と思ったほど、薄いピンクと白が、全身をコーディネートしている。 手が見えないほど長いアームカバー。 バルーンスカートの様に膨らんだミニ。 そこから伸びる美脚は、左右違う縦縞、横縞のサスペンダーストッキング。 身長を補うかの様なヒール。 派手さ控えめなピンク🩷と白が、年齢不詳の小悪魔的な小顔に…似合っていた。 「君、若いのにクリームソーダなんて意外ね」 「えっ? あ、いえ💦 父が好きでして…」 「ふ〜ん。とにかく、京都(みやこ)の方に、レトロと言われたのは嬉しいこと。礼を言うわ」 (やっぱ、バレたか💧) と、その時。 隣のテーブルを片付け、上手に全てを盆に乗せ、振り向きかけたウェイトレスが気になった。 「あの!」 「はい?」 振り向きかけた彼女が、その動作を()めた。 その向こうで、隣のテーブルの男性が席を立つ。 「どうかしましたか、日下部様?」 急に呼ばれた彼女から、当然の問い。 苗字を呼ばれて、正直驚いた真理。 「い…いえ、別に。上手いもんだなって…」 もう自分でも、何をやっているのか理解できない。 「ウフッ…慣れてますから大丈夫です」 ニコッた笑顔に救われた。 そう言ってカウンターの奥へと帰って行く。 その様子を目を細めて見ていたゴスロリ。 (この()、もしや…) 「じゃあ、日下部様」 (あっ💦) 出て行く彼女を見ながら気が付いた。 この日の為に買った姿見スタンドミラー。 今朝その前で、何度面接を練習したことか。 事前に送られて来た名札が、胸に付いていた。 そこからここまで…電車に揺られながら…💧 (まぁ…ここの店員と受付には、多分覚えて貰えたし、忘れて来るよりはいいわね!) 前向きな性分は、こう言う時に便利である。 直ぐに立ち直る真理。 「お待たせしました日下部様」 目の前に、話でしか聞いたことのない、メロンクリームソーダが置かれた。 「美味しそう!」 直ぐ口に出るのも、素直な性分が成すもの。 とは言え、3回目の呼称は少し気になった。 帰りにまた言われたら、『中澤さん』の名札を呼び返してやろうと思う真理であった。
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