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六時間の天使
食後のお茶を飲んでいると、スライムが鳴きながら袖を引っ張ってきた。アトリエに行きたいのだろうか、小さく波打っている。
「じゃあ、俺は仕事に戻りますので。ゆっくりしていってください」
賢木さんが立ち上がり「すみません、すっかりお世話になって。我々もこのへんで」と言っているのを妻が制した。
「ミカちゃんの体調も気になりますし、もうしばらくご一緒させてくださいな」
娘のことになると弱いのか、おずおずと座りなおす様は子煩悩な父親そのものだ。
アトリエに戻った途端、スライムが勢いよく跳ね始めた。よほど木工の続きをしたかったらしい。
「まこちゃん、おれもてるてるボール作る!!」
「いいよ。どんなサイズにする?」
「乗れるやつ!!」
乗って遊びたいということなんだろうか。ここは顧客との擦り合せが大切だな。
図面作成ソフトで色々な角度の見本を作っていく。
「あのね、おれ、乗り込みたい」
「てるてる坊主に?」
「うん! てるてるボールをね、思い出の品にする!」
思い出の品。
地球外知的生命体が。
どうしてもそのイメージが乗り込み型てるてる坊主と結びつかない。
「もう少し詳しく教えてくれないかな」
「おれはねぇ、地球が大変みたいだから視察に来たの」
「視察」
「それでね、視察が終わったらレポート書いて、合格したら、おれが地球の神様になるの!!」
「……なんだって」
それはすごい。というか、なんだか壮大なスケールになってきたぞ。セカイ系の映画みたいになってきたな。
「今、地球って水がなくて大変でしょ? 神様になったら空の上で雨雲を作って、たくさん雨を降らせてあげる!」
文字通り雲の上の話になってきたぞ。
今、俺がすべきことは。
「思い出の品にするなら、立派なものを作らないとな」
「大きいの作る?」
「もちろん。三メートルのやつを作ろう。手伝ってくれるかい」
今できることを、やるだけだ。
図面に手を加え、彼が乗り込めるように改良を加えていく。あとはいつも通りの手順だ。なにも問題ない。むしろ助手がいるおかげか、すごいスピードで原型が完成した。
「五分で型を作れるとは思わなかったな」
「まこちゃん、てるてるボール作るの楽しいね!」
「ああ」
そう、楽しい。まことしやかに終末論がささやかれ、飲料水に事欠き始めたとしても、作ることを止められない。
きっと妻が魔法使いでなくとも、飲料水が尽きかけても、俺は――。
「こうして、死ぬまでなにか作るんだろうな」
作業は最終局面を迎えようとしていた。スライムが乗り込む内部を丁寧に磨き上げていく。ときおり彼にも乗り心地を確認して貰って微調整を繰り返していく。
あと少し。あと少しで。
「まこちゃん、すごーーい!! 座り心地、最高!」
あとは。
「顔を掘らないとな」
「かお?」
「そう。晴れますようにって」
「へぇ。雨を降らせたいのに、面白いね」
「そうだな」
おれが掘る、とスライムがてるてる坊主をよじ登って行く。複雑な軌道を描いたレーザー光線は、俺の顔を形どった。ご丁寧に耳と髪の毛まで掘られている。
「確かに顔だが。俺でいいのか」
「おれ、まこちゃん、好き!!」
スライムは「待っててね、すぐに雨を降らせるから!」と言うやいなや、てるてる坊主へ乗り込んだ。視界が白く眩み、反射的に目を閉じる。
轟音が耳をつんざき、視界が暗くなった。
目を開けると、そこにはスライムの乗り込んだてるてる坊主
は跡形もなかった。天井も、床も、なにも変わっていない。作りかけの初代てるてる坊主と、スライムの置物が広いアトリエの中にあるだけだった。
外から激しく窓を叩く音がする。
待ちに待った雨の到来だ。
壁にかけられた時計は十五時を指している。
出会ってから六時間足らずで別れてしまった、天使のようなスライムはすごい勢いで神様に昇格したらしい。
「名前を聞いておくんだったなぁ」
アトリエから外へ出る。
雨雲の彼方で、小さなてるてる坊主が泳いでいた。
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