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本日は晴天なり
朝の九時だというのに、熱く乾いた空気が俺の肺を焼いていく。近所のスーパーを巡ってみたが、飲料コーナーはどこも空っぽだ。少女だろう泣き声が聞こえるなか、叫びながら店員に詰め寄る男性もいる有様だ。流石に酒は余っているが、この猛暑と水不足で遅かれ早かれ店頭から消えるだろう。水の調達は急務だ。
それはさておき。まずは、目の前のトラブルをどうにかしないと。妻より年下であろう女性が泣きながら「飲料水の入荷はいつになるか分からないんです、すみません、すみません」と怯えているのを見過ごすほどヒトデナシでない。
エコバッグからペットボトルを取り出しつつ、男性と店員の間に立つ。
「大丈夫ですか。少しぬるいですが、水ならありますよ」
男性はひったくるようにして水を奪っていった。震える手で軽く水を口にした男性が「確かに水だ」とつぶやき、残りを泣いている少女へと差し出す。
男性と店員はもちろん、周囲からの視線を嫌というほど集めたらしい。
「なぁ、あんた。売ってる場所を知らないか。金ならある。金ならあるんだっ……」
子供が、と呻いた彼に縋りつかれる。
遠巻きに見ている人たちにも聞こえるように「すみません、これが最後の一本でした」とはっきり返事をする。
ひりついた空気のなか、足元から「おみず、ありがと!」と、元気な声が聞こえてきた。
しゃがんで少女に視線を合わせ、手を振っておく。いっそ冷たい対応の俺と三々五々に散っていった人々を見て、男性も観念したらしい。
店員と俺に頭を下げ謝罪してきた。代金を払おうとしてくる男性を宥めすかし、そのまま店を出た。
雨が降らないかと空を見上げても、雲ひとつない晴天だ。眩いばかりの太陽が恨めしい。雨よ降れと雨乞いダンスをしてみるべきだろうか。
「収穫がないどころか、マイナスになってしまったな」
気分転換に小型携帯ラジオの周波数を色々と変えてみる。どの局も『世界レベルで水が不足しており――』などと、世紀末感を煽るような内容ばかりだ。音楽配信局では『マイム・マイム』が流されている。なんだか無性に虚しくなって、ラジオの電源を切った。
ああ、早くエリカに会いたい。いや怒られてしまうかな。
いかに彼女が水の生成に特化した魔法使いだとしても。そんなとりとめのない思考の波を遮るように、視界の端に丸いなにかが飛び込んできた。
「スライム。地球外知的生命体が、どうしてこんな道端に」
膝上にも満たない小さなスライムの傍にしゃがみこんで、匂いを確かめる。きれいな水を主食にしてきたのか、澄んだ水色で、腐ったような臭いもない。有毒な種類ではないな。いや有毒だったら危ないから避けるべきなのだけれど。俺もだいぶ疲れているらしい。
家はもう見えている。ほうっておくのも寝覚めが悪い。スライムは仔猫のように鳴いて足に縋りついてきた。既視感がすごいな。
「しばらく俺の家で休むかい?」
スライムは丸い身体を大きく波立たせた。腰のあたりに飛びついてくる。嬉しい、ということなのか。知的生命体だけあって、言語を理解できるようだ。
どうやら本日の収穫はプラマイゼロになったらしい。
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