車いすテニス

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車いすテニス

 会場は広く、晴天に恵まれ、観客席は埋まっていた。  だが今の僕には、それらを意識することは許されない。意図的に脳から締め出し、対戦相手とボールに集中する。  相手がサーブした。テニスでは、それが車いすテニスであっても、サーブをする側が圧倒的に有利だ。  僕は汗で濡れ、身体に張り付きそうなテニスウェアを着て、車いすを駆る。  ワンバウンド。  僕には球の軌道が見える。相手の動きも予測できる。  死線をくぐった経験があるから。  いけない。変な思いに気を取られた。僕は左手に力を入れ、さらに強く車いすを押した。ガキン、と嫌な音がした。とたんに車いすの操作性が悪化する。  何とか持ち直せ。  僕は車いすを叱咤した。  ボールがラケットに当たる。  僕は相手の対角線へと降りぬいた。  ピッ、とホイッスルが吹かれた。 「優勝者マド・アラム選手」  主審が大声で告げた。  やった。僕は心の中で快哉を叫ぶ。  相手をサービスブレイクしての勝利。優勝。僕は間違いなくS国の英雄となった。  対戦者が握手を求めてくる。僕は笑みを浮かべ、車いすを押した。またひっかかりのような、うまく前進できない不具合が感じられる。このまま試合を続けていたら、勝利は無かっただろう。運がよかった。  僕は相手とがっちり握手した。 「おめでとう」  と英語で話しかけられる。  僕も鍛え上げた英語で、 「あなたは最強の相手でした」  と答えた。  万雷の拍手の中、メダルの贈呈式がとり行われた。僕の胸には金メダルが輝く。 「初の世界大会制覇、感想はいかがですか?」  メディアが寄ってくる。 「僕の25年間の人生の中で、最高の瞬間でした」  僕は満面の笑みで答える。恩師たちに感謝した。 「少し不適切な質問かもしれませんが、あなたは少年時代を逆境のうちに過ごしました。それがバネになったのでしょうか」  そうに違いないのだが、誰も僕と同じ経験をしてほしくない。僕は瞑目して首を振った。 「戦争は一つもいいことを生みません」  記者はバツが悪そうな顔をして引き下がった。
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