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ジャングル
夜のジャングルは暗く、何かが腐ったような臭いがする。僕は赤外線暗視スコープをつけ、腐葉土を一歩一歩、慎重に進む。
足音を立ててはならない。常に大きな木に隠れるように進まなければならない。一つ誤れば敵方のスナイパーに射殺されるだろう。
僕は右手に小銃を構え、左手で首筋に止まった蚊を叩き潰した。S国ではマラリアを媒介する蚊は少ないと軍事教練で習ったけれど、やはり心配になる。
夜気は色々な音を運んでくる。フクロウの羽ばたき、地を這うネズミたち。その中に人工的な音はないかと、僕は神経を集中させる。2時間を超える行軍で喉はカラカラだが、水筒の水は貴重品だ。やたらと飲まずに温存する。
突然、軍靴のがさりという音がした。斜め後方を見ると、異教徒の兵士が驚いて銃を地面に落とした光景が見えた。兵士は慌てて胸元に手を伸ばす。僕には分かる。彼はナイフを抜くつもりだ。
僕は相手の懐の中にいる。距離的に有利だ。僕もしっかりと柄を握り、何度も血を吸った愛用のナイフを取り出し、相手の腕めがけて横なぎに振るった。
腱を断ち、骨が砕ける感触がする。
兵士は、何が起こったのか分からないという表情でナイフを取り落とした。
僕はもう一度ナイフを構え、兵士の大腿部を切り裂いた。教練で何度も何度も繰り返した、身体に染みついている動きだ。これができなければ、肌にタバコを押し付けられるというお仕置きが待っている。
大腿動脈を切り裂かれた兵士が膝をつき、出血部をおさえる。もう遅い、と僕は思った。傷口からは生暖かい、スコープ越しでは黒いが、多分真っ赤な鮮血がシャワーのようにあふれている。
太い動脈を切断されれば、医療班でもいない限り救命は不可能だ。僕は兵士の出血を見た。後5分の命だろう。兵士が大声で叫びそうな気配がしたから、僕は迷いなく喉笛をかき切った。
血に染まったナイフを背嚢に入れた布きれで拭き、さやにしまった。命のやり取りで沸騰した頭が冴えてくると、たった今殺した兵士の血の臭いで吐きそうになった。あの兵士のおかあさんは、子供は、と嫌な思考がぐるぐると回る。
僕は『儀式』を通過して、先読みの力を手に入れたけれど、真に『選ばれた子供』とはなっていないらしい。部隊長からあらかじめ配布された覚せい剤を大きな葉の上で水に溶かし、注射器で吸い上げて腕に投与した。
じき、嫌な記憶が醒めてゆく。スコープを使用しなくてもいい位に、目が冴えた。
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