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「先日お会いした時、俺理久に聞いたんです。『あなたとのことを、どういうつもりなんだ』って」
「え、ええ」
「そうしたら『ずっと一緒にいようと思ってる』って答えました」
「すいません」
「どうして謝るんですか」
「僕から身を引くように仰りに見えたんですよね」
〝フーッ〟
健一はダイニングチェアの背もたれに寄りかかった。
「あなたは聡明な方ですね」
「まさか、打算の塊ですよ」
「では、それも含めて本心をお聞かせください。あなたは理久との事をどう思ってるんですか?」
「……」
健一はどういうつもりでこれを聞いているのか、千尋は考えを巡らせるが良い答えは見つからなかった。
『もういいや、本当の事を言おう』
「今……」
千尋が話し出すと、健一は身を乗り出した。
「僕は子供の頃から恋愛対象は男性でした。だけど理久は違います。彼は女性と恋愛関係を築ける人です。それでも今は僕を選んでくれています。この先……本当に出来るかどうかは別として、もし彼が女性へ気持ちが傾く事があれば僕は身を引こうと思っています」
「そうですか……」
席を立とうとする健一に千尋は続けて言った。
「でも今、もし」
千尋が話を続けたので、健一は座り直した。
「彼が誰かを愛したから僕と別れると告げてきたら、僕はきっと生きていけないでしょう。せめて引き止めたり泣いて縋ったりはしないように努力しますが、生きてはいけません。それが僕の本心……というか現状です」
「……」
「あの……」
黙っている健一に不安になり声を掛ける。
「あ、すみません。自分で聞いておいて何ですが、人の恋情というのを初めて聞いたので、ちょっとショックというか、身体が動かなくなりました」
「いい年して変なこと言ってすみません」
「いえ、よくわかりました『身を引く』と仰った時には理久の事を思っているようでその程度かと思いましたけど」
「え?」
「でもあなたの本当の気持ちはよくわかりました。コレで私も気持ちが固まりました。ありがとうございました」
「え? あの 何が……」
「今日はコレで失礼します」
「え、理久に会っていかれないんですか」
「今日はあいつ抜きであなたとお話したかったんですよ、おやすみなさい」
そう言って健一は帰って行った。
〝ポーン〟
七時を過ぎた頃とエレベーターが開いた。
「あ、おかえり」
「ただいま、せんせー 今日はごめんね。一緒に回るって言ったのに」
「そんなの仕方ないよ。でも随分ゆっくりだったね、打ち上げでもしてたの?」
「そう祝賀会だって、二次会は抜けてきた」
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