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「先生! 先生のお力で、どうかこの貧しい村を救ってください!」
村長は乾燥してひび割れた地面に額を擦り付けた。
「うむ。ワシに任せなはれ」
白装束を身にまとった老人は、力強くうなずく。
「ワシはこれまでに、ありとあらゆるモノを降らせてきた。よって雨を降らせることなど容易いのであ〜る」
「よろしくお願いいたします。この村には何ヶ月も雨が降っておらず、作物ができない状態です。このままでは村人が飢え死にしてしまいます」
「大丈夫! 大船に乗ったつもりで待っておりなは〜れ!」
老人は両手を高々と掲げ、空を見上げた。
そこには雲一つない青空が広がっている。
太陽の光が燦々と降り注いでいて、雨が降る気配はまるでない。
それでも老人には怯む様子はなく、むしろ自信に満ち溢れているようだった。
「では、参るであ〜る」
見上げた青空に向けて、落ち着いた調子で祈りを捧げる。
「降りなは〜れ。降りなは〜れ。この地を潤す雨よ、降りなは〜れ」
その様子をすがる思いで見ていた村長は、「おおっ!」と感嘆の声を上げた。
あれだけ晴れ渡っていた空がどんどん鉛色に変化していき、やがてゴロゴロと轟きはじめたのだ。
「さすがは先生! 今にも雨が降ってきそうです!」
「このくらいは朝飯前であ〜る。それっ! 降りなは〜れ! 降りなは〜れ! じゃんじゃん降りなは〜れ!」
老人が言葉に力を込めた次の瞬間──
「おおっ! 先生、雨が降って──あれ?」
降ってくるには降ってきたのだが、それは『雨』ではなく、無数の『亀』だったのである。
「せ、先生……これは一体……アテテテッ!」
村長は両手で頭をおおってうずくまる。
何せ硬い甲羅をまとった亀があちこちから降り注いでくるのだから、たまったものではない。
まるで石を投げつけられているのと同じなのである。
「せ、先生! わ、我々が降らせて欲しいのは、亀ではなく雨でして……」
「わ、わかってお〜る。これはちょっとしたミステイクであ〜る」
そう言って老人はタイムアップを告げる審判のように、掲げた両手を大きく左右に振った。
すると無数に降り注いでいた亀は、一瞬にして消えてしまったのである。
「ではでは、気を取り直して──いざ!」
何事もなかったかのように、老人は「降りなは〜れ」と祈りを捧げる。が、一向に雨は降ってこなかった。
代わりに『独楽』や『爪』や『炭』や『骨』、挙げ句の果てには『斧』まで降ってくる始末。
こうなるともう亀どころの騒ぎではなかった。
命の危険を感じはじめた村長は、木の影に隠れて成り行きを見守ることにしたのだった。
「むぬぬぬぬっ!」
思い通りにいかないからか、老人は明らかに不機嫌になっていた。それだけならまだしも、当初の落ち着いた態度はどこへやら、行儀まで悪くなっている。
「おのれっ! 空の神のクソヤローめ! このワシに恥をかかせて楽しんでおるに違いないであ〜る!」
地団駄を踏みながら、ペッと唾を吐く。
「そっちがその気なら、こっちだって雨が降ってくるまで祈り続けてやるのであ〜る!」
ところが空の神とやらも意地になっているのか、それとも老人の態度が気に食わないのか、その後も『虹』や『松』や『風呂』など、村長が待ち望む雨とは程遠いモノが降り注ぐのだった。
そのたびに老人は「違うであ〜る!」「これも違うであ〜る!」と消し去る。
そんな茶番を小一時間ほど繰り返しただろうか。
「ばぁ……はぁ……ふざけおって! どこまでもワシを愚弄する気であ〜るか!」
木陰でうたた寝をしている村長を尻目に、老人は息を切らしながら拳を握りしめた。
「今度こそ! 今度こそ、雨を降らせてやるのであ〜る!」
大きく息を吸い込むと、最後の力を振り絞り、これまでで一番大きな声で祈りを捧げたのだった。
「降りなは──────れっ!」
怒号にも似た声に驚いた村長は、ハッと目を覚ます。
ちょうどそのタイミングで、鉛色の空がビカッと光り雷鳴が轟く。
これまでとは雰囲気が違っていた。
木陰から村長は叫ぶ。
「先生! 今度こそ雨が降るのですか!」
「もちろんであ〜る! これまでにありとあらゆるモノを降らせてきたワシに不可能は──」
それは、空からハラリハラリと降ってきた。
村長は目を見張る。
「せ、せ、せ、先生! これは──」
興奮のあまり、声をうわずらせていた村長だったが、すぐに愕然とし、次に起こるであろう事態に青ざめた。
視線を送った先にいた老人が、怒りに肩を震わせていたからだ。
「せ、せ、せ、先生! ちょっと待ってください! コレは消さなくていいんです! っていうか、消さないで! お願い!」
残念ながら我を失っていた老人に、悲痛な叫び声は届かなかった。
「ふざけるな! ワシが降らせたいのは雨であ〜る!」
そう言って老人は、降ってきたお金をすべて消し去ったのだった……。
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