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第12話
姉の家に柑南と私と母で伯母の車で送られてやって来ていた。
先日柑南があずまと遊ぶ約束を取り付け、今日あずまが迎えに来てくれるらしく、柑南はそわそわと携帯ゲーム機などが入ったショルダーバッグを横に座っていた。やはり楽しみらしい。
家の中は大方片付いた。後は段ボールと家具をどうにかするくらいだ。今日は柑南はあずまに預け、母と共に近場にある小学校へ行く事になっていた。まだ朝の八時ほどだ。徐々に外も暑くなってきている事だろうと祖母の家とは違うよくエアコンの効いた部屋で涼んでいる。
「あずまくんっていつから仲良いの?」
「保育園」
「じゃあ幼馴染って奴だな〜私と兼親も家近かったから幼馴染だったんだよ」
「でも兼親にいちゃんの事忘れてたんでしょ? 兼親にいちゃん愚痴ってたよ」
「余計な事を言いやがるなあいつ」
一体いつ聞いたんだか。柑南を見送った後、十時から小学校での面談がある。書類などを貰う必要もあるらしく、その後母が前もって連絡を取っていた関東の実家の方の小学校への手続きに向かうそうで、一度実家に母は帰るそうだ。
家のチャイムが鳴り、恐らくあずまが来たのだろうと玄関に向かう。後ろから柑南も着いてきた。玄関を開けると日に焼けた肌の人間の少年、あずまが立っていた。
「おはよう、あずまくん」
「おはようございます」
「柑南行っといで」
「うん! 行こ! あずま!」
「おう!」
「夕方には帰ってきなね〜」
「はーい」
柑南を見送り、遠くなる背を眺めた後玄関を閉める。居間に戻りテレビを観ている母に柑南は出かけていったよ。と声をかけた。
「ちゃんと遊べるのも最後かな」
「柑南には可哀想な事になっちゃったわね」
「こればっかりはどうにもね」
祖母の家から持ってきた茶菓子を摘みながら、私もテレビを見入る。新法案がどうとか火災が発生したなどのニュースを眺めたり、スマホを弄ったり時たま母とだべりながら時間を確認すれば九時半過ぎになっていた。小学校までは十五分程だとスマホで調べはついていた。そろそろ出ようかと母と話し、エアコンを消して帽子を被って家を出る。
祖母の日傘は母に託し、厚い日差しの中小学校までの道を歩く。周りは田園ばかりであり風景としては退屈だ。柑南はこの道を通学路としてこれまで学校に通っていたのかと、誰かと一緒だったのだろうかと考える。あずまの家は近いらしく、もしかしたら一緒に登校していたのかもしれない。
十五分程歩き、小学校へと辿り着く。プールを解放しているらしくちらほらと小学生らしい子供の姿が見てとれた。来客用であろう入り口に向かい、事務室と繋がっているだろう受付を覗き込むと二人の男女の姿を確認出来た。こちらに気が付いた男性が受付へと向かってくる。
「おはようございます。ご用件は」
「おはようございます。今日川崎先生に伺う予定でした佐々木柑南の祖母です」
「ああ、聞いています。こちらの用紙にお名前をご記入頂けますか?」
受付の男性に母が対応し、母が名前を記入した後、私も名前を用紙に記入する。もう一人の女性が玄関にやって来てスリッパを用意してくれ、靴を脱いでスリッパを履き替え、来客用だろう応接間へと案内をされる。少しばかりソファに座って待てば、身綺麗な壮年の女性の方が入ってきた。私と母は立ち上がり女性に礼をする。
「初めまして、柑南くんの担任の川崎と申します。暑い中ご足労ありがとうございます」
「初めまして、柑南の祖母の佐々木蓮美です。こちらは柑南の伯母になります」
「初めまして、佐々木ときわと申します」
「どうぞおかけになってください」
「失礼します」
挨拶を終え、柑南の転校についての話が早速始まる。
「この度はお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます」
「柑南くんの転校の手続きになりますが、こちらの書類にご記入お願いします」
「はい」
母が川崎から書き方を教わりながら書類に記入をしていく。母にとっては私と姉の時以来の転校手続きだろう。もう昔の事だし忘れているだろうが、すらすらと書き進めていく。
私は母の横で校庭を望める窓から外を眺める。校庭ではサッカーをしている生徒や、一輪車を乗り回している生徒などが確認できる。何となしに懐かしくなっていると、川崎から声がかかる。
「柑南くん、大丈夫でしたか? お葬式の時など」
「やはり、お別れは辛かったようで泣いていました」
「そうですか……、お母さんもそうですが、柑南くんとお別れするのは寂しいです。私も」
「柑南は学校ではどんな生徒でしたか?」
私の問いに川崎はとても良い子でした。と話し出す。柑南は穏やかな子供で見た目は目立つが、性格が激しい生徒や大人しい生徒とも仲が良く、生徒達との間での諍いも無く礼儀も正しい生徒らしい。
「市瀬あずまくんと言う男の子と仲が良いですね」
「ああ、今日はあずまくんと遊びに出かけさせました。遊べるのも、最後かもしれないのは寂しい事ですね」
「明日が夏休みも最後ですからね。事情も事情でしょうし、転校しなければならないのは私も寂しいです。中学校に上がるまで、見届けられるだろうと思っていましたから」
母が書類を書き終え、川崎に渡す。確認した後印鑑を押して書類を受け取り、手続きは終了する。少しだけ話をしたい、と母が川崎に申し出た。川崎もそれを承諾する。
「川崎先生は今年から担任に?」
「いえ、生徒数も少ないですし、一年の頃から担任を務めさせて頂いております」
「……一年生の頃は、どんな子供でしたか?」
「いつもあずまくんと一緒で、あずまくんは割と活発な子でしたから、一緒に仲が良い子も出来始めて、初め、見た目を怖がっていた生徒も居たのですがそれも嘘のように皆と仲良くなりましたよ」
「柑南、小さな頃は引っ込み思案だったのでしょうか」
「そうですね。今はそんなそぶりもありませんが、昔はちょっとおどおどしている時もありました」
姉が亡くなった今、昔の柑南の話を聞くことができる事に少しばかり感じ入る。柑南は教師になるのが夢らしい。と告げると川崎は嬉しそうに微笑んだ。
「将来の夢がテーマの作文でもそう書かれていました。教師としては嬉しい事です」
「川崎先生に憧れたのかもしれませんね」
「そうだったならとても喜ばしいです。柑南くんはきっと良い教師になれますよ」
お勉強も得意な方ですから。と川崎が告げる。姉は勉強は出来たが、特別好きと言う人間でも無かった。成績も上位だったらしいが、机に向かっている姿を見る事は滅多に無く、テスト前に一夜漬け人間だったのもある。姉を思い出していると、川崎は少し言い淀んだ様に話しを続ける。
「……その、踏み入った事をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何でしょう」
「今まで柑南くんからは、お母さん以外家族が居ないと聞いていたので、お祖母様方と離れていたのには、何か理由があるのですか」
「ちあきは、突然何も告げずに失踪したので、私にも何が理由なのか分からないんです。客観視しても、割と普通の家庭でしたし、家族仲も悪いと言う事もありませんでした。親兄弟との喧嘩も殆ど無かったです」
母に康之の事を告げる事は出来ない。父が理由を握っているとは言え、母に言えば衝撃が大きすぎて何を仕出かすか分からない。
「失踪したと言っても、住民票でここに居る事は実は知っていたんです」
「え、そうなの?」
「そうなのよ」
兼親の勘は当たっていたらしい。母は少し間を置いて再び話し出す。
「私達のことを嫌ってここに逃げたのかと最初は思っていたんです。けれど、夫がここへ住まわせたと最近分かって、私にも本当の理由が分からず」
「何のご連絡も今まで無く?」
「ええ、警察からの電話で亡くなったと、知ったのが、…………すみません」
目元を押さえて俯く母に、私は何も言う事も出来ない。
「柑南くんは鳥人ですし、転校先で思わぬ苦労に見舞われる事もあるかもしれませんが、どうか心のケアは怠らず寄り添ってあげてください」
「やはり異種族だと新しい場所に馴染むのには苦労があるんでしょうか」
「そうですね。見た目が人間とは大きく異なりますから、トラブルに巻き込まれると言う事は時たまあるようです」
クラスに突然外国人が転校して来る様なものなのだろうか。だがここは日本だし日本語も通じる。柑南は私から見ても穏やかな性格だし、あまり大きな問題事を起こす様な子供でもないだろう。しかし本人の性格ではなく周りがどう接するかどうかが問題なのだろう。目新しい子供を揶揄う人間だって居る事だ。柑南が穏やかに学校生活を送れるかどうかは、保護者になるだろう私達も気を使うべきだ。
「種族抜きにしても、ご両親が居ない事を揶揄う子供も居ます。学校生活にお祖母様方が介入するのは難しい事もありますので、転校先の先生方のご理解も必要になってくる事もあります。事前に気を付けて見てほしいと伝えておくべきかと」
「確かにそうですね……。転校先の学校に手続きに行く際に担任の方に言い含めておきます」
「お願い致します。柑南くんがあちらに行かれましても元気で過ごせる事を私共も願います」
川崎が礼をし、私達も礼を返す。そろそろお暇させていただきます。と母が言ったが、私は少し校内を見て回りたいと思い声を上げる。
「すみません、柑南が過ごしていた教室を見ても良いでしょうか」
「構いませんよ」
行ってみましょうか。と川崎が立ち上がり、私達も立ち上がって応接間を出た。
入った時も思ったのだが、割と新しく感じる校舎だ。川崎に聞けば何年か前に改修工事を行ったらしく、辿り着いた教室も綺麗なものだった。教室に入ると席は六席しか無い。壁に習字や学級目標、学級新聞などの掲示物が貼り付けられており、ここが柑南が通っていた教室なのかと感慨深くなる。
「この席が柑南くんの席です」
柑南が使っていただろう机には、机の端っこに小さく何らかのキャラクターの様なものが油性ペンで落書きされている。小さな席だ。近寄って落書きを撫でると、少しばかり目頭が熱くなった。
「四年生は全員で六人なんです。学年を超えて柑南くんと仲が良い生徒も居ました。都会の学校は生徒数も多いですから、馴染めるか、少しだけ心配で」
「そうですよね。あちらで娘達が通っていた小学校もクラス数も多かったですし、一クラス三十五人とかでしたから」
「柑南くんの内面をちゃんと見てくれる生徒が居る事を願うしか出来ないのが、心苦しいです」
とても素直な良い子でしたから。と川崎が目を伏せて呟く様に言った。
後ろの壁に飾られてる柑南の書いたであろう習字はすぐにわかった。そのまま柑南と大きく書かれているからだ。全員自分の名前を習字で書いた様で、あずま、と大きく書かれているものもあった。
「川崎先生」
「はい、何でしょう」
川崎を私が呼ぶと、こちらへとやって来る。何故名前を習字で書かせたのか。と聞いてみた。
「今時の名前って結構読み難いものもあったりするでしょう。自分の名前を気に入らないと言う子も時たま居て。でも皆親御さんが付けてくれた思いの篭った名前なんです。習字で書くと格好いいですし、少しでも好きになってくれたら、と思って。……でもやっぱり好きになれないと言う子も居ましたね。仕方がないのでしょうけれども」
「成程、……柑南の名前は姉が付けたと思うんですが、柑南は気に入っているんですかね」
「柑南くんは自分の名前は好きだと言っていましたよ。お母さんが付けてくれたものだからと」
柑南。どう言う意味が込められた名前なのだろうか。響きだけで名付けた可能性もあるだろうが、柑南は知っているだろうか。
しばらく教室を見た後、そろそろ失礼します。と母が告げる。来客用の玄関に向かい、靴に履き替えて川崎に礼を言う。その後は母と校門まで子供達の声を聞きながら向かい、振り向いてみれば川崎の姿がまだあった。最後に会釈をして一般道に出る。
「これで柑南はこの学校とはお別れかあ」
「夏休み前に持ち物は全部持ち帰ってたみたいだから、運ぶ手間は無くてよかったわ」
「そういや私は夏休み前一気に持って帰って沈んでたな、帰宅後」
「あんたは何するにしても後回しし過ぎなのよ」
田園が広がり始め、また退屈な景色が続くのかとげんなりする。遠野は四方山に囲まれて居るので地平線も見えず少しばかり狭いと感じる。盆地なのだから仕方がないのだが、昔関東へ引っ越した当初、地平線が見れる場所が近くにあったので初めて見た時は感動したのは覚えている。空はこんなに広いのかと。
同じ景色が続くのは退屈だ。歩きながら田んぼを覗くとおたまじゃくしの姿が確認出来た。
「おたまじゃくしとかなんか久々に見たな」
「遠野で小学生の頃、ときわ手に水貯めておたまじゃくし持ち帰って、ちあきに水道に流されて泣いてたんだよ」
「そんな事あったあ?」
「あったあった」
姉の家に帰り着き、施錠を開け家の中に入る。まだ外よりは涼しく感じるが暑くてたまらないと思ったので速攻エアコンをつける。祖母の家から持ってきて冷蔵庫に入れてあったお茶を冷蔵庫から出して喉を潤す。
現在の時刻は十一時半と言うところか。弁当も作って持ってきてあったので、正午になったら食べよう。
「暑かったな〜」
「塩飴食べな」
「あんがと」
母から塩飴を受け取って口に放る。からころと口の中を移動させながら居間の座布団に座る。母はテレビをつけ、私はスマホと取り出す。なんとなしに天気予報アプリを開くと、今日の遠野の最高気温は三十二度らしい。
「今遠野三十二度」
「そりゃ暑いわ」
柑南は恐らくあずまの家だろうし、熱中症の危険は無いだろう。
「柑南、家出したらどうする」
「は? 家出って何だよ」
母の突然の言葉に疑問が頭に浮かぶ。
「遠野から出たくないって帰って来なかったらどうしようかって」
テレビに向かって頬杖を付いている母の言葉に、あり得なくはないかと考えた。親が亡くなって、友達とも離ればなれ、私だったのなら少しは頭をよぎると思う。だが柑南は利口だし、自分の置かれた立場は分かっているだろう。子供だけではどうしたって暮らしては行けない。母だって心苦しいと思っている事だろう。
「帰って来なくて探して見つかったとしてもさ。怒るのはやめよう」
「うん、そうよね……」
「姉ちゃん亡くなったんだし、柑南だって今まで癇癪も起こさずに居てくれてるんだし、少しの我儘くらい許してあげよう。私だったら引きこもってるわ絶対」
「あんたは普段から引きこもりだよ」
「酷えな」
でも、と母はテレビに目を向けながら話す。
「ちあきには申し訳ないけれど、柑南がうちに来てくれて良かったと思ってんのよ、私」
「なんで」
「あんたが死ぬどうこう考えずに済んでるからよ」
実際考えてる暇ないでしょう? と母が私に問いかける。確かに今の所考える事は少なくなってきている。柑南だったり騒がしい弟だったり、兼親のお悩み相談だったりと複数理由は存在するが。しかし弟のあの吐露は胸の中に燻っている。忘れたくとも忘れられない。母に言ってしまう訳にもいかない。DNA検査の結果で判明してしまう可能性はあれど、その時までは隠し通さねばならない。
死にたいと思う事は間違いなのだろうか。自分の命の権利を行使しているに過ぎないのに。と、この考えも病んでしまっているからなのだろうと理解しつつも拭いきれない。
「柑南は今前向いている様に見えるけれど、中身はどうなっているか分からないよね」
「残される側には地獄みたいなものよ。ときわだって分かってるはずでしょう」
「あいつが死ぬの。まだ受け入れきれてないからな」
「……事故死と自殺、どちらだって辛いわ。でも自分で死ぬ事を選んだちあきを私は許せないのよ」
「柑南を残して逝ったから?」
「そうよ。……それだけじゃないけれど、自分の子供捨ててまで死ぬ事を選んだちあきを、苦労があっただろうって分かっても、どうしても無理なのよ」
どうして死んだの。消え入りそうな声でそう言いながら、母は涙を流していた。
「……怒るならさ。私にしとけば」
「なんでよ」
「私今まで一度も泣いてないから」
「そういう人間だって居る」
悲しみ方が同じ人間なんて居ないんだから。すうっ、と胸に入ってきたその言葉に、少しだけ救われた気がした。
昼食を取った後は、ずうっとテレビを観ていた。ぽぽん、と机に置いたスマホから軽快な音が鳴る。LINEを開けば弟からのメッセージが来ていた。暑いからエアコンに当たりに行っても良いか。と書かれており、うるさいから来るな。と送り返す。
「康之来るかも」
「うるさいのが来るねえ」
「アイス頼むか?」
「白くま探して来いって送っといて」
弟が暑い死ぬ。とのメッセージを再び送ってきたので、白くまとガリガリくんを買って来い。とメッセージを送る。すぐに返信が来て浮かれたスタンプが貼られていた。
現在は十四時程だ。日も高いだろうし、原付でここに来るまでの方が祖母の家に居るよりも地獄なのでは? と考える。
部屋を見回して積まれた段ボールなどを見てぼんやりと思い出した事を口にする。
「そういや柑南に残したい姉ちゃんの遺品選ばせてたよね」
「ちあきのぬいぐるみとか、後絵を描いてもらったって言うマグカップとかかな」
「ふーん、大体の段ボールって引っ越し業者に頼むの?」
そんなに量もある訳ではないから、宅急便で送る。とのことだそうだ。この家はどうするのかと聞くと、別荘にでもするか。と母は言った。
「柑南だってこの家大切に思っているだろうし、夏にこっちに来るくらいしてあげたいよ」
「維持費とかかからんのか」
「お父さんこの件には頭が上がらないだろうから絶対出させてやる」
父が姉の失踪に関与していいた件についてかなり頭に来ていたらしい。確かに頭は今後は上がらんわな。と父を密かに笑う。
「そういや父さんって今実家だろうけどDNAのやつ取ったの」
「うん、あっちに届いたの送ったって言ってたよ。私と柑南のはこの前出したし」
「ふうん」
「あんたが柑南の姉の可能性もあるんだからね。他人事みたいな反応しないでよ」
「私父さんと血繋がってないしどっちかっつうと甥じゃない?」
実際兄弟甥の可能性の方が大いにあるだろうが母に言ったら発狂ものだろう。
その後十四時半頃になると外から原付の音が聞こえた。玄関に向かって扉を開ければヘルメットを脱いでいる康之の姿があった。
「おー、アイス買ってきたか」
「はいよー。あっちいから入れてよ」
「手ぇ洗えよ」
康之を家の中に入れて玄関を閉める。サンダルを脱いで居間に向かえば母にアイスが入っているだろうビニール袋を差し出していた。
「かさばるのがきたわね〜」
「息子に向かってかさばるとか言うなよ」
「お前居るだけで体感温度二度くらい上がりそう」
「なあにい? この酷い親子は」
「お前の姉と母親だよ」
手洗う。と水道に向かった康之を放っておいて座布団に座り込み母と共にアイスを取り出す。ばり、とガリガリくんの袋を開ければ若干溶け始めている。取り出して、しゃぐ、と齧りつき飲み込むと内から冷えていくのが分かる。
「あーうまい」
「木ベラのスプーンって苦手なのよね〜」
「食器類しまっちゃったし仕方なかろ」
白くまの入った容器を木のスプーンで突いている母と手を洗ってきたであろう康之がビニール袋からアイスを取り出した。
「セブンで買ったのか」
「そう、このマンゴーのやつ好きだから」
「康之、あんたマンゴー食べると喉痒くなるとか言ってなかった?」
「痒くなる。バナナでもなる」
「アレルギーかもしれないんだから控えなさいよ。危ないって」
「えー? でも好きだし」
「私もバナナ喉痒くなんだよな」
あんたら二人、そのうちアレルギー検査しときなさいよ。アレルギーで死ぬとか恥もいい所よ。と白くまを口に運びながら母が脅しをかけてくる。へいへいと弟と共に話半分に聞きながら三人でアイスを食べ終えると、母は再びテレビに向かい、私はソシャゲのログボを回収して康之は携帯ゲーム機を取り出して遊び始めた。
「私のゲーム機持って来てって言えばよかったな」
「対戦する? コントローラー取れば二人で出来るけど」
「いやいいわ。ソシャゲの素材回収する」
「あそ」
ソシャゲの周回に意識を取られていると、知らぬ間に十七時になっていたらしく外から防災無線を使ったチャイムが鳴っていた。一服してくるか、と煙草類を持って玄関から外に向かう。外は昼間ほどでは無かったが暑さが体にじわじわと入り込んでくる。あっちーなあ。と呟きつつ煙草をふかし辺りを見回していると家に向かってくる影が見えた。が、おかしな影だった。よくよく目を凝らして見れば柑南が翼をはば叩かせ飛びながら、腕を伸ばしたあずまがぶら下がる形で低空飛行で飛んでいた。
耐えられなくなったのか、二人揃って地面へとずしゃ、と墜落した。わあ!? と私は声を上げて煙草なんて放り捨てて二人の元へと走り出す。全力で走り駆け寄った所で二人は声を上げて笑い出した。
「ちょ、ちょっと君ら何してんの! 危ない事しないの!」
「おれたちいつも帰り道でこうして飛んでるんだ」
「柑南! 前より高度上がってないか!」
「おれもそう思った!」
あはは! と笑い転げている柑南とあずまを呆然と見下ろす。子供のやる事は突飛な事が多いが、怪我をするかもしれない事もあり、笑い事じゃない! と声を張り上げた。
「あーあ、あずまくん肘と膝擦ってんじゃん。柑南の家行って消毒しよう」
「これくらい帰ってからやればいいよ!」
「駄目駄目! いつもやってるって言ってもねえ、親御さんだって心配するよ!」
「へーき! 柑南じゃあな! またな!」
「あー、ちょ」
「またね! あずま!」
あずまは立ち上がると全力で駆け出して行ってしまった。頭が痛くなる。柑南はあずまの上に乗った様だから怪我は見受けられなかったが、危険だから今後保護者が居ない場所ではしない事! と言い付ける。
柑南は私の声に耳を貸してはいない様で、遠く小さくなって行くあずまの背を見つめていた。またね。その言葉に、きっと柑南は別離を覚悟したのだろう。夕日に煌めく柑南の目からは涙が溢れていた。
「……柑南、おかえり」
「ただいま、ときわおばちゃん」
お別れは済ませたのか。と口を突いて出そうになったが、彼らを見ていれば分かる事だ。だが、少しだけ安堵が胸に満ちた。母の言った様に家出をしたらどうしよう。という思いが私の中に存在していたからだ。結局家出なんて仕出かす事は無く、いつも通りの帰り道だったのだろう。もう二度といつも通りなんて言えない、最後の帰り道。
「楽しかったか?」
「うん……楽しかった」
絞り出す様な声で返事をすると、私の腹に顔を埋める柑南に、私は背を抱いてやった。
遠くからひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。人が通らないこの家の周りからは、蛙の鳴き声もうるさい程聞こえ始めていた。空は夜の帳が下りようとしていた。夏もそのうち終わってしまうのだろう。姉が死んだ夏の夕方のこの事は、きっと遠い未来でも覚えているのではないだろうか。どれほどそうしていただろうか。柑南が顔を離すとぐずぐずと鼻を啜っている。大伯母さんが来るまで家の中で涼んでいよう。と柑南の背に手を添えて家の中へ共に入った。
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