第4話

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第4話

 翌日、従兄弟達もやって来た。近場で買った安っぽい喪服を買い身に纏い、納棺や読経などをした後通夜振る舞い、寝ずの番をする事になった父と伯父が酒を飲みながら話をしていた。私はソファに腰掛けそれを聞いていた。 「康之は間に合うか怪しいんだな?」 「ええ、今まだ沖縄の様で火葬に間に合うかも怪しいそうで」 「まあ、突然葬式に東北まで呼ばれるんだし仕方がないか……」  康之にとっては小学生の頃から会っていない姉だ。記憶も薄く現実味が無いのではないかと父が伯父に答えた。 「今年で十九だったか、康之は。大学の夏休みは長いだろうからな。がっつり稼ぐ気だった所を呼び出されたんだろうし、悪い気がするな」 「身内の不幸です。仕方が無いでしょう」  二人とも酒を片手に話をしている。他の家族はもう寝ていたが、私はまだ寝る気にもなれずスマホをソファで弄りながら話に耳を傾けた。 「康之には長い事会っては居なかったからな。久々に会うのが葬儀というのは、正直悲しい事だが」 「自分も姪と甥に会えましたし、こんな機会でも無ければ集まる機会も自分の葬式くらいだと思っていましたから」 「孫も居るから五月蝿くなってしまって申し訳ない」 「しんみりした葬式より賑やかな方が良いですよ。お孫さんに会えたのは自分も嬉しいですから」  父にとっては柑南も孫だろうが実感は薄いだろう。しかし従兄弟の子供に会うのは私も初めてだった。確かにこんな機会が無ければ会う事も無かった事だろう。伯父に話しかける。 「二人ってどっちも宮城だっけ? 住んでるの」 「ああ、うん。今は繁忙期だろうから、忙しいなら無理にとはと言ったんだが、二人とも来てくれた」 「十年以上会ってなかっただろうお前」 「最後に会ったのうちにおじちゃんと一緒に遊びに来て泊まった時だし、その時まだ姉ちゃん居たなあ」 「まあ、しんみりした事話すよりも思い出話に花を咲かせた方がいいだろう」  ときわには柑南の世話を頼んでいたが、食事をしながら話せたか? との伯父の問いに肯定を返す。昔やっていた馬鹿な事など、従兄弟たちと色々と語れたと思う。  しかし、柑南にしてみれば突然湧いてきた親族だろうから居にくい事であっただろう。だが従兄弟の子供達と遊ぶのはどうやら楽しかったらしい。歳下の幼児相手にお兄ちゃんらしく遊んであげていた様だった。完全に身内だけの家族葬な為、昔立ち会った実父の祖父母の葬式よりも簡易的なものだ。気楽で良いと思う。見知らぬ親戚なんぞ邪魔なだけだと今は思いはする。やる方としてはだが。自身が死んだとしたら友人に会いたいかと言うと知らぬ場で笑っていて欲しい。自分のことなんぞ忘れて進んで欲しい。 「……柑南、明日大丈夫だと思う?」 「本当にお別れだからな。今までは泣き喚きはしていないが、火葬場で、どうなるか心配だな」 「知らない親戚が湧いてきたんだし、心細いだろうし、……私だったら泣くわ」 「俺たちだって泣くだろうな。柑南の立場だったのなら」  少しだけお酒頂戴。と空いている父のグラスをぶん取り日本酒を注ぐ。常温の日本酒はなんだか甘ったるくて心地よい酔いよりも飲み過ぎれば吐き気が来そうな気がする。 「お前ももう酒を飲める歳なんだなあ」 「結構強いよこれでも、てかそれ言うの十年遅い」 「お兄さん聞いてくださいよ。ときわのやつちゃんぽんしても中々沈まないんですよ」 「ここに居る間に晩酌に付き合ってくれよ」 「おっちゃん酔うとめんどくさそ」 「酷えな」 「我が娘ながら酷いですよね。自分の晩酌にも中々付き合ってくれないんですよ」  弟の康之が来年二十歳になるのだから付き合って貰えば良い。と父に言うと、あいつは弱そうだなあ。と私からグラスを奪って再び飲み始めた。父は然程酒に強くは無いが、母と毎夜晩酌をしている。母の方が飲酒量も多い為、父は痛風になる様な事は無かった。母の血が強ければ、弟も酒には強い事だろう。 「線香切れかけてない?」 「お、そうだな」  ほぼ灰になっている様に見えた線香を認め父に話すと父が新しい線香に火を灯す。薫る煙を確認した後、スマホを寝間着のポケットに入れテーブルに置いた煙草とライター、携帯灰皿を持ち一服してくる。と外に出る。  外は小雨が降っている様でひさしの下に居ても小さな水滴がぽつぽつと顔に当たる。明日は晴れると良いが。  かち、と火を煙草に付けて深く吸い込む。兼親の家はまだ電気が付いている。誰か起きているのだろう。スマホで通話アプリから電話をかけてみると、すぐに通話が開始される。 「おばんです。どうしたよ」 「やー、寝ずの番飽きてきた」 「一人か?」 「親父とおじちゃんが酒入って無限に話してる」 「それ寝てもいいだろ」  お仕事お疲れ様です。と兼親に言えば、お互いお疲れ様です。と返ってくる。 「明日火葬?」 「うん」  柑南は明日大丈夫だろうか。と兼親が問う。今はまだ平気そうだが、最後の時どうなってしまうか不安だと話す。十歳の子供が親との別れが辛くない訳がない。 「……姉ちゃんなんで死んだんだろうな」  警察の話では遺書も何も見つかっては居ないそうだ。職場でも特に変わった様子も見受けられなかったと聞いている。しかし人が突然死ぬなど、この世の中にはありふれているだろう。姉は私と同類だったか、そうでは無かったか。今はもう知る術は無い。 「精神病に罹ってたって話も警察からは出ては来なかったし、柑南に聞いてもそんな話は聞かなかった。謎過ぎるんだよなあ」 「突発的にやっちまった可能性が高いと」 「だろうねえ。一時的な感情の昂りからやっちゃったんかねえ。私の時もそうだった」 「……は? お前自殺未遂したの?」 「うん、で、仕事辞めてイマココ」 「あ〜、聞くべきじゃ無いだろうなとは思ってたけど、やっぱそう言う事」 「色々あってさ。海行った時にでも話すわ。聞けよ」 「聞きますよ。根掘り葉掘りと」  今はまず葬儀済ませちまえ。との兼親の言葉に、そうする。と目を伏せて笑った。兼親は明日は仕事らしく今日はもう寝ると言い通話を終える。  煙草を再び吸い、居間に戻ると父の姿だけだった。伯父はトイレかと聞くと、孫の顔を見に二階へと行ったらしい。 「じゃあ父さんも孫の寝顔見て来たら? あんたよそよそしくて笑うわ」 「突然孫が生えたらよそよそしくもなる。お前だって甥が生えてきたんだから同じだろう」 「……確かに人の事言えないわ、初見は」 「ついでに鷹の鳥人なんだからな。俺はお隣の黄朽葉さんちの分家筋だから健介くんで知っていたが、血筋に突然鳥人が来たら驚くわ」 「あの家ってコンゴウインコだけじゃないの?」 「鳥人に限らずだが、他の種族も血が入り混じっていると同じ血筋でも発現する種族種類が違うんだ。健介くんと柑南が親子でもあり得るんだよ。兼親くんがお爺さんと同じ黒豹だったのも偶然だしな。これ知らない人が多いんだ」 「え〜、複雑だな亜人って、じゃあ兼親の可能性もありと」 「可能性としてはな。あと亜人はやめろ」 「ごめん」  黒豹の獣人やコンゴウインコの鳥人から鷹が生まれる事は普通に有りらしい。コンゴウインコが鷹を産む……。まあ確かに人間と交配が可能な時点で獣人、鳥人、爬虫類人同士でも交配が可能なのだろう。同じ種族縛りをしていればとうに絶滅していた事だ。発現するのがランダムなだけで血は確かに繋がっているのか。種族ガチャ運ゲー過ぎるな。  伯父の戻りが遅いと呟くと娘の顔も見ているんだろうと父が言う。私は仕事の都合上参加出来なかった披露宴で伯父は泣いていたらしい。あの堅物が? と笑いながら言えば、子供が巣立つならば親は泣くものだろう。と父は言った。 「私は結婚する気無いから康之の時に泣くといいよ」 「お前は本当に……」  父は、はあ、とため息を吐く。 「不安だ。俺と母さんが居なくなったら生きていけるのか?」 「母さん死んだら後追うつもりだから安心して」 「そう言うところだ。お前は命をなんだと思ってる。この前の未遂だって、見つけるのが遅かったらどうなっていたか」 「生まれたからにはいつか死ぬでしょうよ。形はどうあれ自分で決めるのそんなに悪いことか?」 「……悪いとは思わない。それも自分の生を持つ者の権利だ。だが残される者は」 「それはあいつの件で身に染みてるから。わかった上でやったんだよ」 「……あの子も、残念だったな」  あの子、友人の事だ。数ヶ月前に事故死し、私の自殺未遂に関わっている。……今は考えたくはない。話題を無理矢理切り替えた。 「柑南泣いたらどう慰めたらいいと思う」 「泣き止むまで一緒にいるくらいしか出来ないだろう」 「だよね〜」  線香の様子を見て再び火を灯す。棺の前に座って姉の顔を見た。首の縄の後は生花が添えられ隠れている。無表情のそれは、飾られている柑南の選んだ写真とはほど遠い。 「息子置いて死ぬなよ馬鹿姉」 「こんな事でも無ければ、ちあきに会う事も無かっただろうな」 「死に目にしか会えないってなんだよな」  子供の顔くらい見せてくれれば良かったものを、姉は自分が死ぬ事でしか実現出来なかったのか。会いに来るくらい出来たものを何故そうしなかったのか。何もかも分からない。  その後伯父が戻って来てからは私も酒飲みに加わった。そう量は飲まなかったが従兄弟達の近況報告などをしていれば夜が明けようとしていた。 「葬儀社の方も朝飯食った後辺りに来るだろう。ときわ、お前少し寝たらどうだ」 「火葬の待ち時間にでも寝るわ。柑南もちびっ子達と遊ぶだろ。泣いてたら慰めるのに回るけど」  伯母や母が起きてくれば朝食の準備に回る。母に眠くないかと問われたが今のところ眠さよりも怠さが勝っていた。朝食の準備をしていれば柑南や従兄弟達も起きて来た様で皆で朝食を食べた後、化粧や身支度をする。  葬儀社の方により姉の棺は霊柩車に乗せられ先に寺へと向かい、身内勢もマイクロバスで向かう。寺での読経や焼香の後、今度は火葬場だ。柑南の様子を見るが今の所は変化は無い。と言うか読経で笑いそうになっていたのを後ろから見ていた。この分なら大丈夫かと思ったが、火葬場で、もう本当に最後だから顔を見ておきなさい。と父に言われた柑南は、ぶわりと羽を逆立たせた。肩が震え、泣くのを我慢していたが、火葬炉に入れられる直前に大声で泣き叫んだ。柑南の肩を抑え溢れる涙を見て、何故死んだのかと姉を憎んだ。 「お母さん! おがあさん!! ああああぁああ!!!」  柑南を抑えつけるように抱きしめた。わあわあと泣きじゃくる柑南を見て姉をどうしても許せなくなって、顔を歪ませた。  待合室に移動しても柑南は泣き続けるままだ。親戚一同柑南をどうにか泣き止ませようとしたが意味も無く。自然に泣き止むまで待つしかないだろうと話し合う。こうなって当たり前だ。むしろ今まで泣かなかった方が不思議な程だ。見知らぬ親戚に囲まれていたのだし神経を張っていたのだろう。それが切れればこうもなる。 「柑南、ジュース飲まない?」 「要らない……」  ぐずぐずと鼻を啜る柑南の隣に缶ジュースを持って座る。遠くでは従兄弟の子供達のはしゃぐ声が聞こえて来た。 「ちあきお母さんと、最後に話したのは、お母さんが、自殺する前?」 「寝る前に、話した」 「その時は普通だったんだ」 「……ゔん」  柑南にとって突然の不幸。手に持った缶ジュースを見つめながら、柑南に問う。 「柑南は死んだ人はどこに行くと思う?」 「……天国?」 「大体の人は地獄だと思うよ、私は」 「お母さんも地獄に行くの?」 「どうだろうね」  自身で死を選んだ者は地獄へとゆくと言うが、実際どうなのかは分からない。しかし姉が天国へゆくというのも何となくしっくりは来ない。地獄で苦しんでくれた方が残された柑南を思いその方が良いのではないかと思う。 「帰ったらゲームしようよ」 「……そんな気にならないよ」 「じゃあ美味しいもの食べよう」 「食欲ない」 「人間生きてりゃ腹は減るんだよ。生きてりゃいつかは死ぬしな」 「お母さんが死んだのは当たり前って言いたいの」  柑南の弱々しい声に、一瞬声が詰まる。 「そうとは思わない。……私がもし姉ちゃんの居場所を知ってたら、止めれたのかな」 「ときわおばちゃんはお母さんに会いたかった?」 「会いたかったよ。ずっと」  私の知らないお母さんの事、教えてくれない? と言えば柑南は涙目ながら小さく頷いた。お母さんは何が好きだった? どんな声してた? 一緒にどこへ遊びに行った? 私の問いに柑南が答える。少しずつ泣き止んでゆく柑南に缶ジュースを渡す。蓋を開けて飲み始めた柑南は、私の顔を見上げた。 「ときわおばちゃんはお母さんと仲良しだった?」 「うーん普通」 「でも好きだったんでしょ?」 「うん、好きだった」 「お母さん、どんな子供だったの?」 「よく喧嘩して私負けてたよ」  負けず嫌いでゲームで負けるとスイッチ消されるんだよ。と言うと柑南は少しだけ笑う。姉は柑南にはあまり怒る事は無かったそうだ。子供を持つと変わるタイプか〜と言えば、でも負けず嫌いだったよ。と柑南が鼻声で笑った。  おれが綺麗な泥団子作るともっと綺麗なの作るんだよ。と言う柑南。いい歳して泥団子勝負をするな。  その後ぽつぽつと柑南は姉の事を話してゆく。料理が上手だった事。実家では料理なんてほぼしかなったであろうに。綺麗好きだった事。姉ちゃん部屋よく散らかってただろ。走るのが早くて全然追いつけなかった事。子供相手に競争で本気を出すな。  柑南の話す姉は、確かに子供を愛する母だったのだろう。愛されていたのだろう、柑南は。ずっと話して居れば火葬が完了した様で火葬場の職員が呼びに来た。火葬場に行けば、火葬台の上には骨になった姉の姿があった。柑南と繋いだ手が強張るのを感じた。お骨上げをする為に箸で一人一人姉の骨を骨壷に詰めてゆく。柑南と共に姉の骨拾い上げ骨壷へと入れた。離れると私の腹に顔を埋め震えていた。  還骨法要と言うものがあるそうだが、この地域ではやらない事が多いから、と葬儀社の職員に言われ、精進落としの為の食事会場へと向かった。  食事は正直美味しいとは言いにくい。が食えるもんは食う精神を持っているため自身の分は腹に詰め込んだ。途中、隣の柑南は魚料理が好きらしく魚要らないなら頂戴と催促され肉料理と交換した。ビールを飲みながら辺りを見れば、皆思い出話に花を咲かせている。母や父、伯父夫婦や祖母、姉の幼い頃の話をしていた。柑南はその話に耳を傾けている様だった。  精進落としも終わりマイクロバスで帰宅すると、玄関の前にキャリーバッグと共に座り込む人の姿があった。 「あ、康之」 「もう葬式終わっちゃった感じ? あっちーよ」 「おー康之でかくなったな」 「伯父さん伯母さんご無沙汰でーす。ばあちゃん久しぶり〜」 「あれ康之、おせがっだごと」 「沖縄から急いで来たんだけどこれでも」  細身のアスリート体型で若干チャラい弟、康之は沖縄から遥々やって来た様だが到着したのは二時間程前であったらしい。伯父が玄関を開けて家の中へ招くと、線香の匂い〜と息を吸い込んでいた。 「あの人誰?」 「柑南の伯父さんだよ。ちあきお母さんと私の弟」  康之、と声をかけるとこちらを振り返った康之は柑南を認めると固まった。父親と同じ反応である。 「この子、姉ちゃんの息子の柑南」 「こんにちは」 「こ、こんにちは。え? 鳥人?」 「うん」 「あー、そうなの。俺、康之って言います」 「どうも」 「はいどうも」  姉ちゃんの息子って鳥人だったのかよ〜。と言いながら祖父の仏壇に線香を上げる康之。拝み終わると柑南の側でしゃがみ込み何歳かと問うた。十歳だと言えば、一瞬顔が引き攣ったのが見て取れた。 「柑南くんは小四?」 「うん」 「うーん、十歳かあ、十歳……泥団子作る?」 「おめえの頭姉ちゃんと変わんねえな」 「どう言う意味だよ」  柑南とどう遊ぶか考えたらしい。しかし自分が十歳の頃何をして遊んでいたかと問われると、確かに記憶には無くどんな遊びを好むのか分からない。 「ばあちゃん庭の土で遊んでもいい?」 「いいよお」 「庭の土泥団子作りには向かなくね?」 「試しよ試し、柑南くんやんね?」 「やる」 「着替えたらね。康之は先に泥団子作ってろ。私達も後で合流する」 「ときねえもやんじゃん」  着替え終え母と伯母に庭に行く旨を伝え庭に出る。康之がバケツに水を汲み、しゃがみ込み土を弄っていた。太陽はまださんさんと輝いているが、暑くないのだろうか。沖縄に居たし感覚がおかしいのかもしれない。 「この土結構いいぞ!」 「柑南帽子被って、ほれ行け」  柑南に帽子を被せ、放流した途端康之の元へ駆けて行った。私は祖母の日傘を借りて庭に降りる。 「泥団子はねえ、あずまとも作るんだけどね。あずまの方が上手なんだ」 「あずまくんって友達?」 「うん」 「そっかー。……お別れになっちゃうな」 「……うん」  土を手に取ってぎゅっと握り団子状にする。柑南と康之の言葉に耳を傾けた。 「おれやっぱり遠野出なきゃ駄目なの?」 「子供一人じゃ生きていけないからなあ」 「康之おじちゃんはおれ行っても迷惑じゃない?」 「迷惑な訳あるかよ。弟出来た気分だし」 「そっか」  暑い日差しの中柑南はほっとした様な声色で呟いた。友人との別れは私も経験して、居たはずだがもう忘れてしまっている。薄情なものだ。 「柑南、夏休み終わる前にお別れに行こうね」 「うん」 「やばい俺天才かもしれん。神作品が出来てしまうかもしれない」 「は? 私の方が神だが?」 「うっわときねえうっぜ」 「あ?」 「すんません」 「あ、しゃがんでて柑南翼汚れない? なんかシート無いか聞いてくる」  バケツで手を洗い肩にかけた日傘を持って玄関から祖母を呼ぶ。何かレジャーシートの様な物が無いか聞くと倉庫にあるから探して来いと言われた。外に出て倉庫へ向かう。倉庫内は雑多にシャベルやら原付やら置かれている。どこかに無いかと探すとシートが棚に置いてあった。ついでにアウトドアチェアを見つけそれを二脚持ち康之と柑南の元へ戻る。  柑南をレジャーシートに座らせる。柑南にアウトドアチェアに座らせようかとも思ったが、背もたれがあると翼が邪魔かもしれないとレジャーシートにした。康之にはアウトドアチェアを渡し、三人で黙々と泥団子を作っていれば生垣の向こうから私を呼ぶ声が聞こえた。 「おー、兼親」 「どちら様?」 「お隣さん」 「えー! 獣人お隣さんなのこの家!?」 「……彼は?」 「弟の康之です。初めまして〜」 「初めまして、黄朽葉兼親です」  康之と兼親が互いに礼をすると、柑南が兼親に一緒に泥団子を作ろうと誘った。 「何? お前ら泥団子作ってんの? この夏の日に? 葬式終わりに?」 「康之が始めたんだ」 「俺のせいにすんなよ」 「いやお前のせいだろ言い出しっぺ」  責任のなすりつけあいをしていると生垣の入り口から兼親がやって来た。仕事終わりらしく作業着姿だった。 「明後日海行くか? 有給申請しといた」 「浮き輪無いかおばちゃんに聞くか〜」 「兼親さん俺も行ってもいい?」 「いいぞー」 「やっぴぴ」 「うざ」 「ときねえ水着持って来たの?」 「Tシャツとハーパンよ」  康之に色気無いわね〜、なんてお言われたが、地元民って殆どそんな感じで海に入るイメージがある。と言うとそういえば沖縄もそうだった。と康之が思い出した様に告げる。 「沖縄?」 「あ、俺沖縄でリゾートバイトしてたんですけど、葬儀でこっちに何時間か前に着いて」 「成程。大変だったなあ」  康之が話しながら泥団子を捏ねている横で柑南は黙々と泥団子を作っている。邪魔するのも忍びないので今は柑南は放って予定を兼親に聞く。 「何時頃出る?」 「十一時くらいに出て海鮮食ってから海行こうかと」 「海鮮食えるの!?」 「ガソリン代と昼飯代は私が出すよ。運転してもらうんだし」 「ありがとう」 「ごちになります!」 「康之の分は徴収する」 「なんでだよ!!!」  康之の喚く声に笑っていると柑南が話出す。 「おれ、海に行ったら飛んでみてもいい?」 「柑南飛んだ事あるの?」 「たまに家の周りで飛んでたんだよ。後、お母さんが今度海に行った時に飛んでみようって言ってたから」 「飛ぼう飛ぼう! 落ちたら俺が拾ってやっから!」  柑南は兼親に兄が鳥人ならば飛び方のコツを知らないかと問う。今日の夜にでも電話して聞いてみると言えば、柑南がありがとうと声を上げた。  柑南は火葬場で泣いていたのが嘘の様に溌剌とした声を出した。……辛くないわけがない。空元気と言うやつかもしれない。しばらくは様子を気にしておこうと頭に留めておく。  その後兼親は明後日の十一時に迎えに来ると告げ帰って行った。私達は夕飯の時刻まで泥団子を作り続け、母に呼ばれるまで黙々と作業をしていた。
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