第6話

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第6話

 盆の入りまでもうあと一日になった。姉の家の整理に追われ、柑南も自分の分の私物を整理をしていた。重要書類などが入っているケースを見つけ小休憩を挿み必要なものか要らないものかを分けていた。 「車の保険とかも解約手続きしなきゃなあ」 「生命保険入ってたみたいね。自殺じゃあ下りないでしょうねえ。柑南の保険もあるみたいだし、色々忙しい夏だわ」 「学校に引っ越し……あー……私は療養に来たは筈なのに」 「変な事考えなくて良いじゃない」  母はしばらく仕事は休むらしく諸々済むまでは遠野に滞在するらしい。クーラーを付けながらだらだらとしていると家のチャイムが鳴る。柑南が出ると言って玄関に向かえば、聞こえてきたのは子供の声だった。玄関へ続く廊下から覗き見すれば、柑南と同い年程の人間の男の子の様だ。 「柑南お前なんで約束すっぽかしたんだよ! 皆でゲームするって言ったじゃん! 来ても全然出ないし!」 「あ、ごめん……その……お母さんが」 「おばさんに行っちゃ駄目って言われたのかよ」 「……違くて」  柑南は言い淀み言葉を選んでいる。柑南に言わせるのは酷だろうと私が出張る事にした。玄関へ向かうと、男の子は私の存在に驚いた様だった。 「ごめんなさいね。私、柑南の伯母です」 「こ、こんにちは」 「こんにちは、柑南が遊びに行けなかった理由なんだけれど」  一瞬間を開けてから、私は口を開く。 「柑南のお母さん、亡くなったんだ」 「え……」 「それで市内の方のひいばあちゃんちに今居るんだ。柑南に連絡させてあげられなくてごめんね」 「柑南、おばさん、死んじゃったのか……?」 「……うん」  泣き出しそうな声色の柑南の頭に手を乗せる。俯き気味で、おれ、引っ越す事になった。と呟く様に男の子に告げた。 「突然でごめんね」 「……あの、……柑南」  気まずそうな男の子の声に柑南が俯いた。私からは表情が見えない為、柑南は何を思っているのか。 「柑南、遊んできなさい」 「え、でも……」  顔を上げた柑南に笑みを返し、男の子を見て話出す。 「あなたの名前は?」 「あずまです。市瀬あずま」 「あずまくん、柑南と遊びたくて来たんだよね。一緒に遊んであげて?」 「……はい、……行こう柑南」  あずまが柑南に手を伸ばす。その手を握っていいものかと柑南はこちらを見た。 「行ってきなさい」 「うん」  あずまの手を取った柑南に、夕方には帰ってくる様にと告げ、柑南とあずまは外へと出て行った。もう遊べる時間はそう無いだろう。遠野の小学校は確か八月下旬には夏休みが終わる筈だ。出来るだけ遊ばせてやりたいが、祖母の家からここまでは大分離れている。会える事も片手で数える程しか無いだろう。  居間に戻ると、母は書類を読んでいる様だった。小難しいものなのか随分と釘付けになっている。座布団に座ってお茶を飲むと、母が話しかけてきた。 「ねえ」 「んー、何」 「この家の、貸主、お父さんの名前が書いてある」 「……は?」 「見てよこれ」  賃貸住宅標準契約書と書かれた紙を渡される。二枚あるその紙をつらつらと読み進め、貸主及び管理業者の欄に、父の名前が書いてあった。 「あ?」 「なんでお父さんの名前が、で、電話して聞いてみる!」 「いやちょっと! 待って待って! 今どうせ仕事中だし盆に来るんでしょ!? その時面と向かって問い詰めたらいいって!」  挙動不審になる母をどうにか諌めるが、正直私も混乱状態に陥りつつあった。父は姉がこの遠野にいる事を知っていたという事だ。何故だ? と言う思いが頭の中を駆け巡る。だって知っていたなら絶対言う筈だ。何か理由があるのだろうが、母や私に隠しておく理由はなんだ? 弟はこの事を知っているのだろうか。……知らない、だろう。柑南に会った時の驚きは嘘には見えなかった。 「この家十年前に建てたって古さじゃ無いよねえ」 「お義父さんとお義母さん、もう亡くなったけれど、何件か不動産持ってたらしいからそれ、かな……。亡くなってからは全部売ったって言っていたけれど、残してたって事よね……」 「なんでまた姉ちゃんを? 十年前に失踪したのって、柑南がお腹に居たからだと今まで思ってたけれど、他に何か理由があるのか?」 「分からない……分からないよ……」  どうして教えてくれなかったのよ。と母は消沈しながら呟いた。姉のお腹に居た柑南の存在を、父は知っていたという事だろう。  父が姉が失踪した当初平然としていたのは、姉を遠野に送ったから、だったのだろうか? 何か知られたくない理由でもあったのか。やましいものでも。理由として挙げられるのは、一番最初に思いつくのは柑南の存在だ。柑南が、父の子なのでは、と頭をよぎったがあの父がそんな事をするだろうか。いや、人間の内面など近しい者でも判断しかねるものだろう。可能性のひとつとして、頭に留めておくべきだ。  母も同じ様な結論に至ったのか、柑南の父親について話す。 「柑南がお父さんの子だったらどう思う」 「いやちょっとその結論とは決めつけないでね。可能性としてだけだから、姉ちゃんに相談された事も無いでしょ? 姉ちゃんの様子可笑しかったら多分私気が付いてる」 「だよねえ……」 「何か理由があるのは確実だろうけれど、父さんに直接聞こう。柑南には黙っておこう」  母を宥め言いくるめ、父が盆にやって来るまでにこの家を出来るだけ整理しようと告げる。小休止を終えて再び家の物の整理を始める。玄関近くで整理をしていると外からぶうん、とバイクの排気音の様な音が聞こえてきた。次いでチャイムが鳴りそれに玄関へ向かう。弟、康之の姿がそこにはあった。 「お疲れ〜差し入れ持ってきた。あっちいねえ」 「おー、ありがとう」  伯父の原付を借りたらしく今日は朝からどこぞへと出掛けていたが、住所がよく分かったな。と聞けば原付を借りた時に伯父から聞いたらしい。 「どこ行ってたの?」 「滝観洞って所」 「あー、なんか昔行った記憶ある。あそこ子供ならいいけど大人が入るには腰痛くなるだろ」 「そうなんだよ」  滝観洞というのは住田町と言う場所にある鍾乳洞の洞窟だ。最深部に滝があるがそこに辿り着くまで洞窟は天井が低く足場も悪い。大人だとほぼ中腰で行く事になるので子供の時母に連れられて行った時は母は腰が疲れたと随分辛そうにしていたと記憶している。 「夏に行くと涼しくて天国だわあそこ」 「そりゃ良かった」 「俺今年の夏はもうこっちで過ごすわ〜」 「沖縄一旦抜けてきただけじゃないの?」 「んー、いや、柑南も心配なのあるし、俺だけバイトして稼いでくるのもなんかな。断っといた」 「変な遠慮してるなあ。別にお前だって十九で成人なんだからどこで稼ごうが自由だろうに」  姉の事気にする必要なんてお前には無いだろう。記憶も薄いのだから。そう告げると、残された者がやるべき事をやっているだけだ。と告げられる。 「そういや柑南は?」 「友達と遊びに行ったよ」 「あそ」  遊べるのももう数回だろう。と言えば、弟は顔を曇らせた。 「俺は引っ越しとかした事ないからだけどさ。ときねえは遠野に友達居なかったの?」 「居た筈だけどもう忘れちまったよ」 「ふーん……まあ仕方ないよな。八歳くらいだっけ。遠野出たの」 「そう、父さんが転勤で丁度いいからって母さんと再婚して、それで関東行ったんだよ」 「そういや母さんは?」 「中にいるけど。お前も掃除してくか? まあもうそんなにやる事も無いんだけれど」  入るのが初めてなら見ていくといい。と弟を家に上げた。玄関を閉めて先に入った弟を追うと、窓から庭を眺めていた。母は別の部屋に居る様だ。机に弟が持ってきたジュースなどが入ったビニール袋を置く。 「ちあき姉ちゃんって昔から植物好きだったよな」 「そう言えばそうだったなあ」 「理想の庭なのかな。ここ」  庭の中央に百日紅が植えられ、他には大きな向日葵、夏の花々が咲き誇っている。 「俺結構ちあき姉ちゃん好きだったんだよ」 「そうなの?」 「まあ優しかったし、面白かったし」 「私は面白くねえのかよ」 「ときねえも面白いって」  友達みたいな姉ちゃんでさ。と何故か寂しげな笑顔で告げた。  声を聞きつけたのか、隣の部屋から母が顔を出した。 「康之、手伝いに来たの? もうやる事あまりないけど」 「差し入れ持って来たんだよ。……もう後、段ボールと家具どうにかするくらいっぽいね、この家」 「そうだねえ。なんか寂しいよ」 「柑南が一番寂しいだろうけどね」  弟がそう言うと母があの子は……と何か言い淀んでいた。父の件を告げられぬ様に話題を無理矢理切り替える。 「康之ってばあちゃんちでジンギスカンした事ってあったっけ?」 「姉ちゃん居なかったけど一回かな? やった事あるよ。バケツジンギスカンだろ?」  遠野だけなのかどうかは分かりかねるが、遠野では一般家庭では鉄製の空気穴が空いたバケツに固形燃料を仕込み、その上にジンギスカン鍋を乗せてそれでジンギスカンをする事が多い。ジンギスカンの肉を売る専門店も何件か存在し、輸入物なのに何故かジンギスカンが名物になっている。私もやったのは随分と幼い頃だ。夏の時期になると毎年やっていた様に思う。  実家の狭い庭でバケツジンギスカンもやれなくは無いだろうが、何というか遠野以外では人目を引きそうで憚られる。用は恥ずかしいのだ。 「花火大会の日にジンギスカンやるそうだから、康之も食っていくといいよ」 「まじ? 久々に食えるなあ。一瞬帰りにジンギスカン店で食ってこうかと思ったの実行しなくて良かったわ」 「絶対バケツジンギスカンの方が美味いって」  笑いながら座布団に座り込む。休憩したばかりではあったがもう大してやる事も無い。後日に回しても時間もかからずに片付け終える事が出来るだろう。母は片付けに戻ったが、私は康之の持ってきた飲み物を開けながら康之と話をする。 「ちあき姉ちゃんって片付けあんまり得意じゃなかったよなあ」 「そうそう、同じ部屋で寝起きしてたから姉ちゃんの陣地結構散らかってた」 「言うてときねえもあんまり得意じゃねえじゃん」 「昔はちゃんと片付けてたのよこれでも」 「そうだっけ〜?」  康之が思い出すように視線を上に向けた。机に置いてあった先程母が問題視した書類を康之が手慰みに持っているのを確認し、不自然にならない様にさりげなく取り上げる。 「これ重要書類だから閉まっとかなきゃ」 「あ、そうなの。何の書類?」 「家の貸し借りの書類。大家さんに確認しなきゃいけないからね」  書類をバインダーにしまい込む。康之は大して興味も持たず、ふうん、とだけ呟く。 「柑南って友達んち行ったのかな」 「こう暑いと外で遊ぶのも危険だろうしね。多分そうだと思うよ。……ああ、あずまくんだったっけ泥団子作ってた時に言ってた友達。その子が来たんだよ」 「人間?」  種族の質問をされその通りだと答える。柑南が鳥人で無く人間だったのならそんな質問は出てこなかっただろう。田舎でも都会でも、マジョリティは人間だ。マイノリティに属する人間以外の異種族と接する事は実家の周りではそう無かった。 「あ、沖縄行った時さ、バイト一緒だった子、女の子、マムシの爬虫類人だったんだよ」 「へえ〜珍しい」 「俺鳥人とか獣人なら一、二回話した事あったけれど、爬虫類人は初めてだったな」 「私も一回も無いな爬虫類人は」 「地元の子でさ。寒い所には種族的に住めないって言ってたわ。そう言う問題もあんのなあ」  種族の特性で住む土地が限られると言うのも面白いものだ。しかし職に制限も付く可能性もある訳だ。彼らが亜人と呼ばれていた大昔は、常夏の島に住まっていたと聞いた記憶がある。気候的にもその島が最適なのだろうが、奴隷として連れ出されてからは過酷な土地もあった事だろう。人間よりも土地に居着く柔軟性には欠ける種族も居る様だ。  そういえば祖母に先祖に鳥人が居た事があると言われた時があったが、具体的に何代前のことなのだろうか。居たと言っても数十代前ならば自分の中に流れる血も殆どただの人間と大差ない事だろう。  父も黄朽葉家の分家筋と言う話だったが、うちの母の佐々木家とも近所故にどこか繋がりがあるのかもしれない。現に父の苗字も佐々木だった為に改姓の手間もなかったのだ。 「花火大会って十五日だよな」 「そうだよ。毎年納涼って事で河原でやってる。出店も結構出るけれど、私は行かないかなあ」 「わたあめ食べたくない?」 「たまに食べたくなるの分かる。この歳でもわたあめには興奮せざるおえない」 「屋台のたこ焼きとか焼きそばって虫が混入しているって言う噂聞いて一時期怖かったわ」 「うわ言うなよ。食えなくなるだろ」  三日後楽しみだな〜と康之は浮かれている。盆に入れば父もやって来ると思うが、姉の件をどう問い詰めたらいいだろう。答えにくい事だろうし、柑南と康之を花火大会会場に行かせてから聞くべきかもしれない。それとなく誘導するべきか。 「康之さあ」 「んー? なんだよ」 「花火大会の日さあ。柑南と一緒に会場行ってきたら?」 「別にいいけど、ときねえは行かねえの」 「人混みの中嫌だし、蚊に刺されるのも嫌だし」 「それもそうか。まあ柑南の同意取れたら行くわ。あ、柑南羽毛に覆われてるから虫刺されしないとか羨ましいな。兼親さんも」 「確かに」  虫に刺され痒みに呻く必要もない訳だ。正直康之の言う通り羨ましい。しかし暑いだろうなとは思うが、自分が獣人だったらと考えると北海道とかに住むのが最適かもしれない。  弟と二人でたべりながら、母も途中で片付けを中断し話に混じる。柑南の帰宅を待ちながら話をしていると柑南が帰ってきた。 「柑南おかえり〜」 「ただいま。あ、康之おじちゃん」 「よ! 友達とは話せたか?」 「うん。皆でゲームしながら話した。……お母さんの事とかも」 「そっか」 「もう夕暮れだね。そろそろばあちゃんちに帰ろうか」  外では遠くで太陽が落ちつつあった。日の暑さも昼間よりはましになっている筈だ。クーラーを切り、全員で外に出た後玄関に鍵を掛ける。  原付でやって来た康之を抜いて車に乗り込む。日差しを受けてただろう車は灼熱の如くだった。窓を開けて、伯母から借りた車が母の運転で発進する。夕暮れを望みながら走る道の中、柑南と後部座席で並んで話す。 「あずまくんの連絡先って知ってるの?」 「うん、今度電話するって言っておいた」 「そっか。もうそんなに遊べる事無いと思うから、今度ちゃんとお別れ言おう」 「うん」 「……寂しいね」 「……うん」  柑南が腕で目を擦る。それに見ないふりをしながら外の光景に意識を飛ばした。
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