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序
日没が近い頃、マリーはシティエンドの広場へ、枝の日の説教を見る為に足を運んだ。
今年は世界を巡る慈善家にして修道院の長、サピラが説教をする。
多くの人々が例年になく広場に押しかけ、人だかりが出来ていた。
マリーは人をかき分けて先へ進んだ。小柄でなければ、人混みに引っ掛かっていた。
警備の門に来た。
イベントの為に簡易に作った門で、かつて棄民街と外を遮っていた壁の跡に敷いていた。壁は戦争時に本国への急襲があったのと、広場を作る際に解体した。現在は1メートル程ある塀の跡だけが残っている。
バラバは人だかりの多さに困惑しながら、人をかき分けていた。つり下げている長いカメラが邪魔で先に進みにくい。
マリーは門にいる警備に身分証明とチケットを差し出した。後ろにはバラバがいる。
バラバはマリーが差し出したチケットの色を確認した。オレンジ色をしている。
警備の人間はマリーが差し出したチケットの色を確認した。「第一会場まで進んでください」机に置いてある第一会場の案内を書いた紙を手に取り、マリーに渡した。マリーは紙を受け取り、先に進んだ。
バラバは警備にチケットと身分証明を見せた。名前は「バラバ」と書いてあり、色は灰色をしている。
「第二会場へ向かってください」
「第一会場へは」
「元棄民街の関係者でないと入れません」警備は言い切った。第一会場は壇上に近いが、過去への配慮から棄民街出身者及び血縁関係者しか立ち入りできない。
バラバは警備に腕章を突き出した。「報道関係者だぞ」
「だからと言って、チケットがないのでは」
バラバは前を向いた。マリーは人混みをかき分けていた。「俺は前を通った女の彼氏だ、身内だ、関係者だ」警備に食ってかかった。
「通してやれ」書類をまとめていたブロスが声をかけた。「ただし第一会場用のチケットがないんだ、会場内でチェックがあったら出てもらう」
「大丈夫だって、俺は彼氏だからな」バラバは人混みに向かった。
「何でまた、許可したんです。奴は偽記者ですよ」警備はブロスに声をかけた。
「決めつけるな。本当に通信社の人間だったら問題になる。一旦通してから追い出せばいい」ブロスは第一会場への道に目を向けた。多くの人々が並んでいる。「詰まっているぞ、仕事をしろ」
警備はブロスにあきれ、並んでいる人に目を向けた。列が出来ている。チェックを再開した。
マリーの元にバラバが来た。
「なあ、俺さ。チケット持ってないんだ」バラバはマリーに話しかけた。
「だから何」マリーは不快な表情をして、バラバを払った。
「フリでもいいからさ、彼女になってくれよ。俺、聖女様を撮らずに出るなんて嫌なんだ」バラバはマリーにしつこく迫った。
マリーは無視して人をかき分け、第一会場に足を運んだ。
壇上の前は人がごった返していた。
マリーは構わずに壇上に進んだ。
バラバはマリーについて行き、同時に口説き続けた。
マリーは立ち止まってバラバの方を向いた。「いい加減にしてください、私は貴方と関係ありません。付きまとうなら大声出しますよ」
「いいんだって、フリだけしてれば」バラバはマリーの手をつかんだ。
マリーはバラバの手を振り払い、きびすを返した。
バラバはマリーの態度に怒りを覚えた。マリーに肩を伸ばしてつかみ、引き寄せた。
マリーは抵抗するが、力が強く外れない。
バラバはマリーの正面に回り込んだ。「分からないのか、関係者を装ってればいいんだ。俺だって好き好んでガキを相手に」
人々が沸き上がった。
バラバは口を閉じ、人々の目線の先を見た。サピラが護衛の修道女達と共に壇上を歩いている。マリーをつかんでいる手を離し、急いでカメラを構えた。
マリーは、バラバが構えたカメラの望遠レンズを正面から殴った。カメラは大きくぶれ、顔面とカメラがぶつかった。
バラバは痛みを堪え、カメラを構えた。
レンズはひびが入っていた。マリーが付けていた指輪で傷が付いたのだ。
バラバは怒りを覚え、マリーのいた場所に目を向けた。マリーは人混みをかき分け逃げていた。マリーの元へ怒号を撒き散らしながら向かった。すぐに追い付くと、後ろから力一杯に殴った。
マリーは大きくよろけた。
バラバはマリーを回して正面に捉え、顔面を殴った。
近くにいる男が、マリーを殴っているバラバに気づいた。「おい、何をやっている」バラバに声をかけた。
「うるせえ、部外者が口を挟むな」バラバは男に怒号を浴びせた。
男はいら立ち、バラバを殴った。
バラバは男への怒りが込み上がってきた。相手をマリーから男に切り替えて殴った。男も殴り返した。
殴り合いが始まった。
周辺の男達はバラバ達が殴り合いをしているのに気づき、男達の方を向いた。二人の顔は紅潮し、口は切れて血が出ている。殴り合いに興奮し、煽り始めた。
マリーは痛みを堪えて引き下がるが、男達が周りを固めていて動けなかった。男の一人はマリーを押し出した。両名の男はマリーに目を向けた。二人の目は血走っていた。
サピラは修道女達と共に壇上を歩きながら周囲を見回し、広場を埋め尽くす観衆達を眺めていた。耳に男達の怒号が聞こえてきた。立ち止まり、怒号が響いている場所に目を向けた。
「何かありましたか」修道女はサピラに尋ねた。
「黙っていてくれ」サピラは修道女をあしらった。二人の男がマリーに絡んでいるのが見えた。眉間にしわを寄せ、スカートをたくし上げると壇上を駆け出した。
修道女は驚き、サピラの元へ駆け出した。服は重く、足元まであるスカートが邪魔でサピラに追い付けない。
壇上にいる警備も異常に気づき、サピラに向けて駆け出した。
サピラは、壇上から殴り合いをしている男達に向かって飛び込み、誰もいない位置に着地した。バラバと男との間に割って入る。二人が驚く間もなく、男の喉仏に肘を打ち込んだ。
男は強烈な痛みと共に呼吸困難に陥った。
サピラは動きを止めた男の足をかけ、重心を崩して地面にたたきつけた。男は痛みで動きを止めた。
殴り合いを見ていた男達は修道女の動きに驚いた。
サピラは目線を倒れた男からバラバに向け、身構えた。
マリーは突然の事態にぼう然となっている。
バラバはサピラに拳を大きく振った。
サピラは僅かな動作で避け、胸ぐらをつかんで引っ張った。バラバの重心が崩れた瞬間、払い腰の要領で地面にたたきつけた。
バラバは受け身が取れず、地面にぶつかった。衝撃と激痛が背中に走り、うめき声を上げた。
周囲の観衆は、地面に転がっている二人の男の姿を見て沈黙した。
壇上から警備が駆けつけてきた。
集まっていた人々は警備を見て我に返り、退散した。
警備は応援を呼び、混乱を収めると同時に、倒れた男とバラバを捕縛した。バラバは抵抗するにも痛みで動けず、簡単に捕まった。捕縛した直後、サピラに目を向けた。サピラは状況を観察していた。「サピラ様、無茶はしないでください」
「目の前にでかい梁があっただけだ」サピラはマリーに目を向けた。マリーはまだぼう然としている。「説教の場を凌辱の犯行現場に仕立て上げる気かい。おがくずすらも見えない、腑抜けたお前達に代わって取り除いてやったんだ。感謝するんだね」
警備はあきれた。
サピラはマリーに近づいた。マリーの顔に傷が付いている。マリーの頬を軽くたたいた。
マリーは我に返った。「何が」
「終わったよ」スカートのポケットからハンカチを取り出し、傷口を拭いた。「大丈夫かね」
「シスター、ありがとうございます」マリーはサピラに謝った。
サピラはマリーの顔を撫でた。「礼なんていらん、名前は」マリーに名前を尋ねた。
マリーは眉をひそめた。
「嫌ならいいよ」
「マリーです」マリーは早口で答えた。
サピラは笑みを浮かべた。「サピラだ」
マリーは「サピラ」の名前に驚いた。
警備がサピラの前に来た。「サピラ様、控室にお戻りください」
「処理の邪魔かい」
「邪魔ですよ」修道女がサピラに話しかけた。
警備の人間は渋い表情をした。
サピラは苦笑いをした。「分かったよ、控室に戻る」警備の方を軽くたたいた。「彼女を、マリーを連れてきてくれ」スカートをまくって壇上に上がった。
修道女も壇上に上がった。壇上では他の修道女が待機していた。
「また悶着を起こしたんですか」修道女はサピラに話しかけた。
「長年の癖は抜けきれんよ」サピラは肩を軽く上下に動かし、壇上から聖教会に向かった。
修道女はサピラに続いた。
メガホンを持った警備の集団が壇上に現れ、大声を出して観客にアナウンスを出していた。内容は説教の時間がずれる知らせだった。
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