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 警備はマリーを聖教会へ案内した。  二人は廊下を通り、控室に向かっていた。  普段は観光客と礼拝者が行き交っているが、今は誰もいない。  警備はドアの前で立ち止まった。「サピラ様、指名した客人をお連れしました」 「良い」ドアを通してアウラの返答が来た。  警備はドアノブを回し、鍵がかかっていないのを確認した。ドアを開けた。  サピラが椅子に座って炭酸水を飲んでいて、修道女が周りに座っていた。  部屋は整っていて、柱時計と机、椅子以外に何も置いていない。  サピラはマリーの姿を見た。マリーは固く、困惑と緊張が混じった表情をしている。「現場は」警備に尋ねた。 「民衆は混乱していまして、警察と共に収拾に当たっています。処理次第で中止を」 「ならん」サピラは警備に声を上げた。  警備はうなった。 「同じ日は二度と来ない。多くの人が待っているんだ、時間をかけても構わん。日が昇るまでに事態を収拾し、説教を可能にしてくれ」 「翌日以降のスケジュールは」 「詰めればいい。私は私の責務を果たす。君達も同じだ、安心して当たってくれ」 「分かりました、伝えます」警備はマリーに目を向けた。「彼女は」 「私が預かる」  警備は部屋から出た。  ドアが閉まった。  サピラはマリーに笑みを浮かべた。「気負いするな、近寄れ」  マリーはサピラの元に近づき、ひざまずいた。「サピラ様、お見苦しい様を助けてもらうばかりか、拾ってもらい感謝いたします。私は」 「畏まるな、感謝の言葉など求めていない」サピラは修道女に目を向けた。「椅子を用意しろ」 「椅子ですか」修道女は困惑した。 「客人を今のままにするのか」  修道女の一人は椅子を取り、マリーの後ろに置いた。  マリーはひざまずいたまま、サピラを見つめていた。サピラの手は年齢相応にしわが寄っていて、スカートには汚れが付いている。「サピラ様、汚れが」 「形を持つ存在は汚れるのが常だ。マリーとやら、座ってくれ」  マリーはサピラの言葉に従い、椅子に座った。「繰り返しますが、何故私を助けお呼びになったのですか」 「貴方は若い頃、知り合った者に似ている。わずか1日も関わっていないが、記憶にあるなら彼女は盟友だ」サピラは笑みを浮かべ、マリーの頬に触れた。バラバが付けた擦り傷は血が止まり、遠目からは分からなくなっている。「けがは」 「すぐに戻ります」 「なら良い」サピラはマリーの表情を見て、眉をひそめた。「年寄が触れるのは嫌か」  マリーは細かく首を振り、困惑した表情をした。「滅相もございません。サピラ様直々のお呼び出しとあって、頭の整理が出来ていないだけです。喜ばしく存じます」 「喜びか。私が君を助けたのも、今の感謝の気持も幸福も虚構でしかない。すぐ忘れるさ」 「私は、サピラ様の恩は生涯忘れません」マリーは強い調子で答えた。 「否定しなくともよい。忘れるのは当然の機能だ」サピラは笑みを浮かべ、マリーの手を取ってなぞった。「感覚、幸福、願望と言った、内側で受け止める感情は美しいガラスではない。純粋な氷だ。氷は手の上に乗せた瞬間に溶けて消える」  マリーはサピラが自身の手をなぞっているのを見た。 「冷たい刺激は忘れ、温い水の不快さだけが残る」サピラはマリーの手を離した。「私が触った感覚は、何をなぞったか覚えているか」  マリーは手を眺め、眉をひそめた。  サピラは笑みを浮かべた。 「私は世に評する程の聖女ではないよ。かの預言者も気の短さ故に約束の地へ着けなかったのだ。人が人である限り、汚点はある。年寄の長い説教になるが、聞いてくれるか」  マリーはうなづいた。  サピラは修道女に目を向けた。「水を持ってきてくれ。あるなら菓子もだ。話が長くなる」  修道女の一人は控室から出た。  サピラはマリーに目を向けた。「過去、と言っても創世や紀元前ではない。近い時代の話だ」
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