0人が本棚に入れています
本棚に追加
1)
登る太陽が都市を照らし始めた。
都市に生えるゴシック様式の建物は所々破損していて、蒸気と煙が混ざった湯気が建物と建物の隙間に通っている。都市の端には時計のついた橋塔が建っていて、時計の針は鋭く、都市の方を向いていた。先の都市にも同じ造りの橋塔が設置してある。蒸気を噴き出す自動車が、橋塔が支える無骨な鉄橋の上を行き来していた。橋は何度も改修した形跡がある。
コンテナを搭載している3台程のトレーラーが橋を通過している。橋の中央に入った時、2台の緊急車両がすれ違った。
緊急車両はすれ違いざまに速度を緩めた。搭乗者はドアを開け、カプセル状の物体をトレーラーに向けて投げつけた。物体はトレーラーのフロントガラスに当たり、閃光と共に火花と爆発音を放った。
トレーラーの運転手は眼前の出来事に驚き、強くブレーキを踏んだ。トレーラーは急停止した。
緊急車両はトレーラーを確認して停止した。ドアが開き、乗っていた人達が降りてきた。全員がツナギに似た戦闘服を着て、丸渕ゴーグルのヘルメットを被っている。
襲撃者達は停止しているトレーラーに向かい、布袋に石を詰めたハンマーをドアのガラスへ振った。ガラスが音を立てて砕け散る。間もなく車内へカプセルを車内に投げ込んだ。白い煙がカプセルから噴き出し、車内に充満した。
車内にいる運転手と助手は白い煙を吸い込んだ。ホットソースの原液が喉を通過した感覚を覚えた。嗚咽を漏らし涙が浮かんだ。
襲撃者がドアをこじ開けて車内に入ってきた。
運転手と助手は肺の内側から来る痛みを我慢しつつ、襲撃者に向けて発砲した。銃弾は涙による視界の崩れと体の震えで狙った位置から外れた。
反対側のドアの窓が割れ、襲撃者がもう一人入ってきた。
襲撃者は運転手の頭をつかみ、フロントガラスに何度も叩<<たた>>きつけた。フロントガラスにヒビが入り、運転手は血を流して意識を失った。
もう一人の襲撃者は助手の首を絞め、窒息で意識を奪った。
襲撃者達はドアから二人を追い出し、ドアを閉じて運転席に着いた。
トレーラーが動き出し、橋を通過する。
別の襲撃者が後続のトレーラーの乗員を追い出し、乗っ取った。ドアが閉まり、動き出したトレーラーに続いて走り出した。
運転手は意識を取り戻し、立ち上がって深呼吸をした。痛みは消えていた。腰につけている無線機を手に取り、本部と連絡を始めた。
返答が通信機から聞こえた。運転手は冷静に返事をして切った。
暫く経った。輸送車が駆けつけてきた。
輸送車は事件現場から10メートル程離れた位置で停まった。ドアが開き、軍人達が降りてきた。トレーラーを奪った者達が乗り捨てた自動車を調べ始めた。
他のメンバーはトレーラーに乗っていた二人に聴取を開始した。二人は余裕のある表情で応じた。
橋桁を通して回転翼で飛ぶ無人機が数機、排気口から蒸気を噴き出しながら倉庫街へ飛んでいった。
トレーラーは橋塔を通過して、倉庫街に入った。
倉庫街は三角屋根の住居を兼ねた倉庫が川から直に生える形状で建ち並んでいた。かつては重要な輸送、保存の要所だったが、軍閥による闘争により廃れた。現在は倉庫の貸出のみを請け負っている。トレーラーは勢いを緩めずに倉庫街に入った。
道路はトレーラーの行き来を想定している幅で、車も人もない。
トレーラーは奥に建っている倉庫へ進んでいく。倉庫はシャッターが開いている。倉庫に入り、停まった。予め若者達が待機していた。暫く経つと、別のトレーラーと共に緊急車両も入ってきた。
若者の一人はトレーラーと緊急車両が入り切るのを確認し、つり下がっているヒモを引いた。天井を敷き詰めている歯車が動き出し、音を立てて鎖を巻き上げた。シャッターが鎖と連動して下がった。天井の照明が点灯し、真鍮色に染まった、パイプと計器が張り付いた壁を照らした。
運転手はシャッターが下がり切ったのを確認し、コンテナの開閉ボタンを押した。
コンテナの排気口から蒸気が吹きき出し、歯車が動き出す。開閉口を支えているシリンダーの空気圧が緩み、蒸気を吐き出して開いた。食品や医療服のメーカーのロゴが入った段ボール箱が積み込んである。
強奪者達はトレーラーを降りて次々とヘルメットを脱いだ。皆若い男だった。若者達はコンテナに入っている段ボール箱を見て湧き上がった。
銃声が響いた。
若者達は銃声に驚き、銃声がした方を向いた。
倉庫の奥にある勝手ドアの前で、女性が銃を持って立っていた。「お疲れ様。稚拙な動きだったわ」端にあるデスクに近づき、積んである膨大な書類を眺めた。時刻や装備に関する打ち合わせの内容が殴り書きで書き込んである。
若者の一人は拳銃を女性に向けて構えた。銃を構える腕が震えている。「軍の回し者か」
女性は銃を構える若者を見ても動じず、書類を置いて若者達の方を向いた。皆、血気盛んな表情をしている。「私はアワン、単なるコンタクターよ。要求は簡単、素直に投降なさい。応じなければ軍が突入して、皆ミンチになるわ」胸ポケットから通信機を取り出して見せつけた。通信機の液晶には無人機で捕らえたトレーラーの座標が写っていた。
銃を構えている若者は引き金を引いた。銃声が響き、銃を持つ手は反動で上がる。銃弾はアワンから大きく外れて壁に当たった。
アワンは若者達が奪ったトラックのコンテナに目を向けた。計器類と共に運送会社のプレートが張りつけてある。軍が直に輸送する場合、識別から所属の標章を取り付ける。
「中身を確認なさい」胸ポケットに通信機を戻し、勝手口の扉へ下がった。
若者は銃を下ろし、コンテナの近くにいる若者をにらんだ。
コンテナの近くにいる若者はうなづき、コンテナから段ボール箱を取り出した。妙な軽さに困惑し、乱雑に開けた。麻袋が入っている。ヒモを解いて開けると合成樹脂のチップが詰まっていた。かき分けても合成樹脂以外入っていない。輸送車は強奪者をいぶり出すオトリだ。内容物をつかみ、銃を持っている若者に見せた。
銃を持っている若者はアワンに怒りを覚えた。銃を上げて構えるが、アワンがより早く銃を構えて撃った。銃声が響くと同時に、銃弾が若者の肩に当たった。血が肩から流れ、腕の力が抜けて銃が床に落ちる。当たった部位を抑え、声を上げてうずくまった。血が地面に垂れる。
若者達は地面に垂れた血を見て青ざめ、アワンをにらみつつ下がった。
アワンは銃を構えたまま、若者達をにらんでいた。「出なさい。素直に投降すれば、罪は私が撃った分と取引で差し引いて軽くなるわよ」若者と対面したままの体勢で勝手口の扉に近づき、片手をドアノブにかけて回した。
うずくまっている若者は、痛みを堪えて銃を構えた。
アワンは素早く扉を開けて外に出た。
若者は片手で銃を構えて撃った。銃を持っている腕が反動で大きく跳ね上がる。アワンは既に外に出ていて、銃弾は開いたままの扉の隣の壁に当たった。立ち上がり、扉から外に出て周囲を見回した。アワンの姿はない。気が抜けた瞬間、痛みがぶり返してきた。血が垂れる肩を苦悶の表情で抑え、倉庫に戻った。
アワンは倉庫の裏から回って道路に出た。
輸送車が倉庫の前に集まっていて、機関銃で武装した軍人が倉庫を包囲していた。
軍人の一人がアワンに気づき、アワンの左手の中指にしている指輪を見た。「例のコンタクターか、状況は」
「頑固よ。全員童貞で一人は銃を持っている。怪我をしているし素人だから撃てないわ」アワンは平然と答え、駐車場に向かった。
アワンの返答に軍人は眉をひそめ、司令官に報告した。司令官は報告を聞いてうなづき、発砲命令を出した。
軍人達は倉庫のシャッターに向けて機関銃を一斉に撃ち込んだ。銃声が多重に響き、無数の穴がシャッターに開いた。
司令官はシャッターが崩れたのを確認し、発砲の中止を命令した。
軍人達は発砲を中止し、隙間にりゅう弾を次々と投げ入れた。りゅう弾は穴から倉庫の内部に入り、爆発音と白い煙をまき散らす。軍人達はシャッターをこじ開けて突入していった。倉庫の内部から規則正しい間隔で銃声が倉庫内から鳴り響いた。
最初のコメントを投稿しよう!