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アワンは駐車場に置いてある車に乗り込んだ。
車は排気口から蒸気を吐き出して動き出し、橋を渡った先にある中央街へ走った。中央街を外れた通りにある駐車場に入って停車した。
アワンは車から降り、地下街への入り口から地下街に入った。
地下街は地下壕<<ちかごう>>が発展した場所で、動力を兼ねた蒸気を伝達する銅製のパイプが壁一面に張り巡っている。円形の計器がパイプに接続してあり、状況を示している。天井についている照明が照らしているが薄暗く、重苦しい空気が漂っている。
バーは地下街の端にある。天井は蒸気の力を機械へ伝達する歯車が詰まっていて、備え付けてあるスピーカーから軽音楽が流れている。つり下がっているボードには情勢を書き込んだ紙が張り付いていた。
アワンは中央にあるカウンターに向かった。カウンターは円状で、天井からパイプで構成した柱が中心へ伸びている。マスターが手が届く範囲に計器類とボタンが詰まって設置してある。
マスターは手元のボタンを押した。蒸気が対応したパイプと接続した排気口から噴き出し、サーバーが作動して酒をタンブラーにつぎ込む。一定の量になると停止した。タンブラーを取り出し、席に座っている客に出した。
アワンは空いている席に座り、カウンターにカードを置いた。
マスターはすぐにアワンのカードを回収し、ボタンを押した。計器のメーターが変動し、隣の排気口から蒸気を吹き出す。カウンターの下にあるテーブルが作動し、展開した。ファイルが内部に詰まっていて、カードに書いてある番号を照合してファイルを取り出した。ファイルから承認書を取り出して確認し、アワンに差し出した。
アワンは承認書を受け取って眺めた。「軍の情報網って変に充実してるわね、処理が速すぎるわ」
「ケイン大尉が直に持ってきました。毎度ながら手が早くて助かります」
アワンはため息をついた。「軍人なのに暇人ね」承認書の内容を確認し、机に備え付けてあるペンを取って了承のサインをしてマスターに返した。
マスターは承認書を受け取り、カウンターの下に並んでいるファイルに閉じた。「仕方ないですよ、動けないんですから」
「動かないの間違いでしょ、小遣いでコンタクターに回すんだから」
マスターは笑った。
闘争が一段落ついた頃、軍閥の横柄さに懲りた政府は監視部を創設して将校は行動に、駐留している軍は職務に制限をかけた。軍閥は治安維持や偵察を含めた庶務に苦心し、不足分は報酬で請け負う者達に委任して埋め合わせた。アワンもコンタクターと称する請負人の一人だ。
隣りに座っている客はアワンの書類をのぞき見た。「失敗なんて、情けねえな」客はぼやいた。
「失敗が前提の依頼よ」
客は笑った。「失敗前提の依頼って何だよ」報告書を読んだ。報告書は物資の強奪を実行した犯人の特定と、軍により射殺したと報告と白黒写真が掲載してある。
アワンはリークしていた一般市民の強奪のあぶり出しを請け負っていた。わざとトレーラーと物資を渡して運び出し、倉庫に運び出した時点で説得して投降を促す予定だ。ケインは投降しないと予測し、軍を配備して処理を決めていた。投降すれば法による裁きを与え、しなければ軍の力で闇に葬る。一方に転がっても民に見せしめを出して圧力をかけるのに変わりない。
マスターはヴァージンモヒートと共に、カードとメニューブックをアワンの元に置いた。
アワンはカードを懐にしまい、メニューブックを開いた。ケインの署名が入った書類が入っている。書類には空欄が多く、項目も簡潔に書いてある。ケインは緻密な性格から通常、依頼書は空欄を作らず詳細まで書き込む。「人使いが荒いわね、誰でも出来る仕事でしょ。名指しなんておかしいわ」アワンは平然と返した。空欄が多く簡潔なのは雑な依頼の証拠だ。手段を問わずにこなしてよい依頼なら誰でも出来る。法外な手数料を足して名指しをする意味はない。
「依頼にウソを語る理由はありません」マスターは平然と返した。
若い男がアワンの空いている席の隣に座った。「お前がアワンか。装備を渡して演習までしたのによ、死体に変わっちまったんで金なんてもらえやしねえ」
アワンは男を無視してヴァージンモヒートを飲み干した。
「素直に見逃せば解決だった。偽物だったんだから棄民も国民もいい教訓になったのによ」若い男は怒り気味の口調でぼやいた。
「何の教訓よ」
「簡単に物資を渡してくれないって教訓だよ。棄民はタダで物資をもらっているのに、俺達は働かないともらえない」
「私達も棄民も、辺獄でもがくか煉獄<<れんごく>>で絶望するかの違いだけ。苦しむのは一緒よ」
「お前は神父を気取ってるのか」若い男はアワンの胸ぐらをつかんだ。
アワンは若い男の腕をつかんで地面に叩<<たた>>きつけた。地面にぶつかる音がバーに響き、客達は一斉にアワンと客のいる方を向いた。若い男はアワンの足元で気を失っている。「私は女よ。神父に就けないわ」
隣の客はアワンと若い男の勝負を見て、大笑いをした。「強いね、姉ちゃん。面白い見世物だったよ」
アワンはカウンターに近づいた。「ケインには会える」マスターに尋ねた。
「連絡なら取りますが、応じるかは分かりません」マスターは、カウンターに置いてある飲み終えたタンブラーを片付けた。
「構わないわ、アワンの名前で呼び出して」
マスターはアワンの返事を聞き、手元にある真鍮<<しんちゅう>>で出来た電話の受話器を取ってダイヤルを回した。
客はアワンの手を見た。コンタクターの識別を示す指輪が中指に、くすんだ指輪が薬指についている。
マスターは受話器を置いた。「連絡は今日中に来るかと存じます」
「期待しないで待っているわ」腕時計を確認した。
「他の女と遊んでるかもな」客はアワンに話しかけた。
「短い男を相手にする女がいる」
客は笑い、手元に置いてある酒を飲み干した。
アワンは倒れている若い男をカウンターに紙幣を置いた。橋の絵が書いてある。「迷惑料込みよ、気付けの酒でも出してあげなさい」バーから出ていった。
客は若い男の方を向いた。「だとよ」若い男に声をかけた。
若い男は伸びたままだった。
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