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最終話
夕陽に照らされた波打ち際で、少女がひとり、せっせと砂を掘っていた。小さな手を懸命に動かしては、丁寧に何かを集めている。
「アイナ、そろそろ帰ろう。あまり遅くなると、お父さんが心配しちゃう」
「おかあさん! このかいがら、おとうさんにもってかえってもいい?」
「あら、きれいな巻貝。お父さん、きっと喜ぶね」
「おかあさんには、これ」
「花貝? かわいい。ありがとう」
「アイナは、このにじいろのかい。おうちにかえったら、おなまえかいて」
「いいよ」
「アイナのほんとうのおなまえ、かいてほしい」
「それはだめ。真名はとってもとっても大切なものだから、言ったり書いたりしちゃ絶対にだめだって教えたでしょ? ……将来、アイナがたったひとりの愛する人に出会えたら、その人にだけ受け取ってもらいなさい」
「おかあさんは、おとうさんだけ?」
「そう。お父さんだけ」
「わかった。……あっ、おとうさんだ!」
駆け出した少女が父親に飛びつくと、父親は両腕で軽々と少女を抱き上げた。父親の右腕には、太陽を模したトライバルタトゥー。胸もとには、竜鱗の紋様。
少女が貝殻を手渡せば、父親は碧い目を細めて喜んだ。
砂浜に伸びる三人の影。父親の腕の中で、少女が頭上を仰ぐ。
遠いとおい空の彼方。
竜の咆哮が、聞こえた気がした。
<了>
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